までも、正直に霊妙にあらわして行くもの……というような、一種の生意気な哲学めいた懐かしみさえおぼえた。殊に電話は、あらゆる明敏な感覚を持つ名探偵のように、時々思いもかけぬ報道をしてくれるので面白くてしようがなかった。それは誰に話しても本当にしてくれまいと思われる電話の魔力であった。
 受話機を耳に当てる瞬間に私の聴覚は、何里、もしくは何百里の針金を伝って、直接に先方の電話機の在る処まで延びて行くのであった。その途中からいろんな雑音が這入って来ると、このジイジイという音はこちらのF交換局の市外線の故障だ……あのガーガーという響きは大阪の共電式の電話機と、中継台との間に起っているのだ……というようなことが、経験を積むにつれて、手に取るように解って来た。その都度にそこの交換局の監督や、主事を呼び出して注意をしたり、手厳しく遣っ付けたりするのが愉快で愉快でたまらなかった。又それにつれて、各地の交換手の癖や訛《なまり》なぞは勿論、その局の交換手に対する訓練方針の欠点まで呑み込むと同時に、電線に感ずる各地の天候、アースの出工合、空中電気の有無まで通話の最中に感じられるようになった。電話口に向った時の頬や、唇や、鼻の頭、睫《まつげ》なぞの、電流に対する微妙な感じによって、雨や風を半日ぐらい前に予知する事も珍らしくなかった。
 その中《うち》でも面白かったのは相場の上り下りの予感が電話で来る事であった。
 大阪の株式や米の相場なぞは、毎日青木という店から予約電話を通じて、前後数回に分けて知らせて来るので、その時分にそんな贅沢な真似をしているのは一軒隣りの「山長《やまちょう》」という大商店と叔父の処だけであった。叔父はそれが又、大得意で、来るお客|毎《ごと》に吹聴しては店の信用を裏書きする材料にしていたが、何しろ距離が遠いのと雑音が烈しいのとで、並大抵の耳では相手の読む数字が聴き取れないのを、私の鼓膜は雑作《ぞうさ》なしにハッキリと受け入れた。のみならず私の聴神経はもっと遠い処から来るほかの音響までも、同時に聴こうとしているのであった。
 大阪の青木という店は取引所のすぐ近くにあるらしく、表の窓や扉《と》が密閉されていない限り、店の中の物音と往来の噪音とが、相場の読み声と一緒に送話機から這入って来た。各地の天候が好晴で、電話線がスッキリとした日には、立ち合いの物音や呼び声らしいドヨメ
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