クレハ嬢礼讃」を中心とする文章を来月号の雑誌に投稿すべく、熱心に執筆していた人々も、実際に居たのであった。ところが、こうした一種の純真な意味の都会人の憂鬱は、それから間もない一箇月目に物の美事に粉砕されてしまった。東京市中でも有力な十大新聞の九月四日の朝刊の全面広告を見た人々は皆アッと驚かされたのであった。
その全面広告の中央には五寸四方ぐらいの呉羽嬢の丸髷姿の写真が、薄い小さな唇の片隅から白い歯をすこしばかり洩らした、妖美な笑いを凝固させており、その周囲に一寸角から初号、一号活字ぐらいの赤や黒の大活字が重なり合って踊りまわっていた。「呉服橋劇場蘇える」「新劇場主[#底本では「王」と誤記]天川クレハ嬢主演」「邪妖探偵劇――二重心臓」「原作エドガア・アラン・ポーの秘稿」「最近仏国|巴里《パリー》市場に於て二百万|法《フラン》を以てグラン・ギニョール座専属パオロ・オデロイン夫人の手に落札せられしもの」「斯界第一人者江馬兆策先生翻案脚色」「凄絶、怪絶、奇絶、快絶、妖美無上」「九月七日午後五時開場六時開演」「特等(指定)十円」「普通五円、三円、前売せず」等々々……それから中一日置いて六日と七
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