日の朝刊には又、奇妙な事に、都下著名新聞の「轟氏殺害事件」に関する記事を一々抄録して掲載し、その最下段に四号活字で次のような説明を付けていた。
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「諸君はこの劇を見る前に想起して頂きたい。今日から約一箇月前の八月三日の夜、前当劇場主を殺害した不思議な犯人のことを……。その当時、敏捷なその筋の手配により、事件後数時間を出でずして捕まった犯人生蕃小僧こと、本名石栗虎太は、まだ轟氏殺害の理由について一言も供述せず、従って一切はまだ巨大な疑問符の蔭に蔽い隠されている現情であるが、偶然にも当日興行される大天才ポー原作の『二重心臓』に用いられている物凄いトリックは、創作後百年を経過した今日に於て、この満天下を震駭した犯行の大疑問符を、遺憾なく抹消するに足る意外千万な鍵を指示している事を筆者は明言して憚らない者である。復活呉服橋劇場第一夜の演題にこの神秘邪妖探偵劇『二重心臓』を筆者が推選した理由は実に懸ってこの一事に潜在しているので、現代社会の裏面の到る処に波打っているであろう邪妖怪『二重心臓』の鼓動が、如何にしてこの奇怪なる大犯罪事件を描き現わしたかという真相、経過を諸君の眼
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