にあの人の口紅のアトが残ってベタベタ附いているのが見えたわ」
「ウフッ。気色の悪《わ》りい……ホントかいそれあ」
「お兄さんに嘘を吐《つ》いたって仕様がないじゃないの。いつでもあの女《ひと》の妾を見ている眼の視線は、妾の横頬にジリジリと焦げ付くくらい深刻なのよ」
「ヘエッ。驚いたね。それじゃ……つまり同性愛だね」
「そんなものらしいのよ。持って生まれた性格を舞台の上でイタメ附けられている荒《すさ》んだ性格の人に多いんですってね。呉羽さんなんか尚更《なおさら》それが烈しいのでしょう。ですから妾……お兄さんの事さえなけあこの家《うち》を逃出そうと思った事が何度も何度もあるくらい気味が悪かったんですけどね……ロッキー・レコード会社から専属になってはドウかってね、或る親切な人から何度も何度も云って来ているんですけど、断っちゃってジイッと我慢し通してんのよ」
「馬鹿……何だって断るんだ。そんな美味《うま》い口を……」
「だって妾が二百円取ってお兄様を養うよりも、妾がお兄さまの百円の御厄介になっている方が嬉しいんですもの……」
「うむ。そうかッ……感謝するよ……」
兆策はモウ眼を真赤にしていた。
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