何だって……真実《ほんと》かいそれあ……」
 兆策は飛上らんばかりにして坐り直した。
「シッ。大きな声を出しちゃ嫌よ。外に聞こえるから……ホントなのよ。間違いないのよ。あの女《ひと》は、妾と近しくなりたいために、お兄さんと心安くしていらっしゃるのよ。あの女《ひと》がお兄さんを見送っている眼と唇に気をつけていると、トテモ他所他所《よそよそ》しい冷めたさを含んでいるのよ。お兄さまを冷笑しているとしか思えない事さえあるわ。あたし何度も何度も見たわ」
 兆策は血の気《け》の失せかけた頬と額を、新しいハンカチでゴシゴシと力強く拭いた。
「フーム。それじゃ、お前を好いている事は、どうしてわかったんだい」
「あたし、お兄さんの前ですけどね。あの女《ひと》がこの頃、怖くて仕様がないのよ。……あの女《ひと》はね。妾を好いていると云った位じゃ足りないで、心の底から崇拝しているらしいのよ。トテモおかしいのよ。妾がズット前にあの女《ひと》の部屋に忘れて行った黄色いハンカチを大切に仕舞《しま》っておいて、何度も何度も接吻してんのよ。妾が偶然に行き合わせた時に、周章《あわ》てて隠しちゃったんですけど、そのハンカチ
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