経営を次第次第に困難に陥れて、轟さんの爪を剥いだり、骨を削ったりしながら待っている中《うち》に、妾が年頃になったのを見澄まして轟さんを片付けて、タッタ一人になった妾を脅迫して自分のものにしようと巧《たく》らんだ……と考えて来ると、芝居としても、実際としても筋がよく透るでしょう。何の事はない新式の巌窟王よ……ね……」
「……………」
「その中《うち》でタッタ一つ邪魔気《じゃまっけ》なのは貴方です。江馬さんです……ね。貴方は天才的な探偵作家ですから普通の人だったら夢にも想像出来ない事をフンダンに考えまわしておられる方です。ですから万一、今のようなお話をお聞きになった暁には、いつドンナ処から自分の正体を看破《みやぶ》られるかわからない。警戒の仕様がないでしょう」
「……………」
 江馬兆策は頭の毛を掴んだままソッと両眼を見開いた。その両眼は重大な決心に満ち満ちた青白い、物凄い眼であった。わななく指をソロソロと頭から離して、そこいらを見まわすと、ウイスキー曹達《ソーダ》に濡れた切株の端に両手を突いて立上った。呉羽の希臘《ギリシャ》型の鼻の頭をピッタリと凝視して徐《おもむ》ろに唇を動かした。

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