ダの飲みさしを切株のテーブルの上に引っくり返した。それを給仕が急いで拭こうとしたナプキンを慌てた兆策が引ったくって拭いた。
「ホホホ。馬鹿ねえ貴方は……わかり切っている事を妾の前で打消さなくたっていいじゃないの……ホホ……」
 兆策はモウすっかり混乱してしまったらしい。濡れたナプキンで上気した自分の顔を拭き拭き給仕にソーダのお代りを命じた。しかし給仕は笑わないで、腰を低くして、恭《うやうや》しくナプキンを貰って行った。
「……ね。ですから妾あなたに考えて頂こうと思ってお話するのよ。貴方はいつもソンナ問題ばかりを研究していらっしゃるんですから、妾の話をお聞きになったらキット犯人を直覚して下さると思うのよ。轟九蔵を殺したのは生蕃小僧じゃない。あの支配人の笠圭之介……」
「エッ……ナ何ですって……そんな事が……」
 江馬兆策が中腰になった。しかし呉羽は冷然と落付いていた。
「あたし……それが今日わかったのよ。あの笠圭之介がね。ツイ今さっきの夕方の幕間に妾をあの五階の息つき場へ呼んでね。よもや誰も知るまいと思っていた脅迫状の中味とおんなじ事を云って妾を脅迫したのよ。轟さんと妾の関係や貴方と妾の
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