事があります。たしか四条派だったと思いますが……」
「ね。あるでしょう……その柳仙夫婦の間に、その頃三つか四つになる三枝という女の児《こ》がありました。父親が五十幾つかの老年になって出来た子供なのでトテモ可愛がって、ソラ虫封じ、ソラ御開運様といった風に色々の迷信の中《うち》に埋めるようにして育てたものだそうですが、それがアンマリ利き過ぎたのでしょう。今の妾みたいな人間になってしまったのです」
「結構じゃないですか」
「……まあ聞いて頂戴……その大正の十年ごろ静岡あたりを中心にして東海道から信州へかけて荒しまわっていた殺人強盗で、本名を石栗虎太、又の名を生蕃《せいばん》小僧というのが居りました。生蕃みたいに山の中へ逃込むとソレッキリ捕まらない。人を殺すことを何とも思っていないところから、そう呼ばれていたのだそうです。その生蕃小僧がこの柳仙の一軒屋に眼を付けたのですね。……どうしてもモノにしようと思って色々様子を探ってみたんだそうですが、その柳仙の一軒屋というのは、見付の人家から二三町も離れていて、呼んでも聞こえないばかりでなく、四方八方に森や、木立や、小径がつながり合っていて、盗賊《かせ
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