笠さんじゃいけない訳は今わかりますから……」
「……で……そのお話というのは……」
「……もう古い事ですわ。明治二十年頃のお話ですからね。畿内の小さな大名植村|駿河守《するがのかみ》という十五万石ばかりの殿様の御家老の家柄で、甘木丹後《あまきたんご》という人の末ッ子に甘木|柳仙《りゅうせん》という画伯《えかき》さんがありました」
「どこかで聞いた事があるようですな」
「ある筈よ。ホホ。柳遷《りゅうせん》とか柳川《りゅうせん》とか色々|署名《サイン》していたそうですが、その人が御維新後のその頃になって、スッカリ喰い詰めてしまって、東海道は見付《みつけ》の宿《しゅく》の等々力《とどりき》雷九郎という親分を頼って来て、町外れの閑静な処に一軒、家《うち》を建ててもらって隠棲しておりました。静岡、東京、名古屋、京阪地方にまでも絵を売りに行って相当有名になっておりましたが、その中でも古い錦絵の秘密画とか、無残絵とか、アブナ絵とかを複写するのが上手で、大正の八九年頃には相当のお金を貯めて、小さいながら数奇《すき》を凝らした屋敷に住むようになっていたそうです」
「それで思い出しました。僕はその絵を見た
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