を上げてみたいと思ってんの……」
「ヘエ。最後の一旗……」
「こうなんですの……きょうは八月の四日、日曜日でしょう。ですから今日から来月の第一土曜、九月の七日の晩まで、丸っと一《ひ》と月お芝居を休まして、座附の人達の全部を妾に任せて頂きたいんですの。費用なんか一切あなたに御迷惑かけませんからね。妾はあの役者《ひと》達を連れて、どこか誰にもわからない処へ行って、妾が取っときの本読みをさせるの」
「貴女《あなた》が取っときの……」
「ええ。そうよ。これなら請合いの一生に一度という上脚本《キリフダ》を一つ持っていますからね。その本読みをしてスッカリ稽古を附けてから帰って来て、妾の引退興行と、呉服橋劇場独特の恐怖劇の最後の興行と、劇場主轟九蔵氏の追善と、大ガラミに宣伝して、涼しくなりかけの九月七日頃から打てるだけ打ち続けたら、キット相当な純益《もの》が残ると思いますわ」
「さあ……どうでしょうかね」
「いいえ。きっと這入《アタ》ってよ。それにその芝居《キリフダ》の筋《ネタ》というのが世界に類例のない事実曝露の探偵恐怖劇なんですから……」
「事実曝露……探偵恐怖劇……」
「そうなのよ。つまり妾の
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