腰を落付けた。
「そ……その条件と仰言るのは……」
「こうよ。よく聞いて下さいね。いいこと……」
「ハイ。どんな難かしい条件でも……」
「そんなに難かしい条件じゃないのよ。ね。いいこと……たとい貴方《あなた》と妾《わたし》とが一所になったとしても、この劇場の人気が今までの通りじゃ仕様がないでしょ。ね。正直のところそうでしょ。轟家《うち》の財産だって、もうイクラも残ってやしないし……貴方も相当に貯め込んでいらっしゃるにしても遊びが烈しいからタカが知れてるわ」
 笠支配人は忽ち真赤になった。モウモウと湯気を吹きそうな顔を平手でクルクルと撫で廻した。
「ヤッ。これあ……どうも……そこまで睨まれてちゃ……」
「ですからさあ……妾だって全くの世間知らずじゃないんですから、好き好んで泥濘《ぬかるみ》を撰《よ》って寝ころびたくはないでしょ。ね。ですから云うのよ。モウ少し待って頂戴って……」
「もう少し待ってどうなるのです」
「あのね。妾もね……この劇場《こや》にも、探偵劇《しばい》にも毛頭、未練なんかないんですけどね。折角、轟さんと一所に永年こうやって闘って来たんですから、せめての思い出に最後の一旗
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