のには飽き飽きしているのですからね。天命を知ったとでも云うのでしょうか。モット落付いた、人間らしいシンミリとした生活がしてみたくてたまらなくなっているのですからね」
「……………」
「但し……貴女が僕に新しい生命を与えて下さるとなれば問題は別ですがね」
呉羽は微《かす》かにうなずいた。ヒッソリと眼を閉じたまま……。
「……ね。おわかりでしょう。そうした僕の心持は……」
呉羽は一層ハッキリとうなずいた。
「ええ。わかり過ぎますわ」
「ね。ですから……ですから……僕と……」
笠支配人は青くなったり赤くなったりした。こうした場面によく現われる中年男の醜態[#底本では「醜体」と誤記]を見せまいとしてハラハラと手を揉んだり解いたりした。
「ええ。それは考えてみますわ。女優なんてものはタヨリない儚《はかな》い商売ですからね」
「エッ。それじゃ……承知して……下さる……」
「まッ……待って頂戴よ……そ……それには条件があるのです。妾も……ネンネエじゃありませんからね」
呉羽は今にも自分に飛びかかりそうな笠支配人を、片手を挙げて遮り止めた。笠支配人は誰も居ない部屋の中を見まわしながら不承不承に
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