支配人はかなりの緊張した態度でイビツになった籐椅子の上にかしこまっている。これに対した彼女は派手な舞台用の浴衣《ゆかた》一枚に赤い細帯一つのシドケない恰好で、肉色の着込みを襟元から露わしたまま傍《かたわら》の長椅子に両足を投出しているが、モウ話に飽きたという恰好で、大きな古渡《こわたり》珊瑚《さんご》の簪《かんざし》を抜いて、大丸髷の白い手柄の下を掻いていた。
「それじゃクレハさん。貴女《あなた》と轟さんの間には何も関係はないんですね。普通の関係以外には……」
 呉羽は見向きもしなかった。
「何とでも考えたらいいじゃないの……イクラ云ったってわからない。どうしてソンナに執拗《しつこ》くお聞きになるの。下らない事を……」
「下らない事じゃないんです。これには深い理由があるのです……その……その……」
「アッサリ仰言いよ。モウ直《じき》、次の幕が開《あ》くんですよ」
「この次の幕は……ですね。貴女は、そのまんまの姿で出て、亭主役の寺本蝶二君に槍で突かれるだけの幕じゃないですか。まだ二十四五分時間があります」
「ええ。でもそれあ妾の時間よ。貴方のために取ってある時間じゃないわよ」
「恐ろしく
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