嬢の秘密休憩室で、呉羽嬢自身と、笠支配人とが向い合って腰をかけていた。
その秘密休憩室というのは、平生劇場用の小道具等を蔵《しま》っておく五階屋根裏の大きな倉庫の片隅を、ボロボロになった金屏風や、川岸の書割なぞで二間四方ばかりに仕切って、これも小道具の塵埃塗《ほこりまみ》れの長椅子と、歪《いびつ》になった籐椅子《とういす》を並べて、楽屋用の新しい座布団を敷いただけのもので、リノリウムの床とスレスレの半円窓の近くにカラカラに乾いた枯水仙の鉢が置いてあるのが、薄暗い裸電球の下で、そうした書割や金屏風と向い合って、奇妙に物凄い、荒れ果てた気分を描きあらわしていて、今にも巨大な一つ目小僧の首か何かが……ウワア……とそこいらから転がり出しそうな感じがする。
しかし、それでも女優の呉羽にとっては、華々しい楽屋よりもこの部屋の方がズッと落付いて、気分が休まるらしかった。劇場そのものの人気はあまり立たなかったが、それでも彼女個人としての人気は、全国の女優群を断然抜いていて、三階の彼女の楽屋では訪問客を凌ぎ切れないために、彼女はよくこの物置の片隅の秘密室へ休憩に来るのであった。
フロックコートの笠
前へ
次へ
全142ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング