てあるのに気が附いた。調べてみると、昨日《きのう》の日附で堀端《ほりばた》銀行の二千円の小切手を誰かに与えている事がわかった。そこで万が一にもと気が付いて、堀端銀行に問合わせてみると、今朝《けさ》の事だ。堀端銀行が開くと同時に二千円を引出して行った者が居るという。それは絽《ろ》の羽織袴に、舶来パナマ帽の立派な紳士であった。色の黒い、背の高い、骨格の逞しい肥った男で、眉の間と鼻の頭に五分角ぐらいの万創膏《ばんそうこう》を二つ貼っていたので、店員は最初何がなしに柔道の先生と思っていた。それだけに至極|沈着《おちつ》いているようであったが、しかし這入ってから出るまで一言も口を利かず、何気もない挙動の中に緊張味がみちみちて、油断のない態度であった。尚、新しいフェルトの草履を穿いて、同じく上等の新しい籐《とう》のステッキを握っていたという」
「それが犯人だと云うんですか」
「むろんそうだよ。その報告を聞いた笠支配人は、その小切手を誰も触らないように、紙に包んで保存しておいてくれと頼んで、直ぐにその旨を吾々に報告したがね」
「ナカナカ心得た男ですなあ」
「ウン。近頃の素人は油断がならんよ。つまりそ
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