の犯人は轟九蔵氏に脅迫状をタタキ附けた後《のち》に、九蔵氏が約束通り事務室で待っているところへ、窓を開けさして這入って来た。それから二千円の小切手を書かせ、後難を恐れて不意打に刺殺《さしころ》し、発覚しない中《うち》に金を受取って行衛《ゆくえ》を晦《くら》ましたという事になるんだね。つまり九蔵氏が……もしくは轟家の連中が、普通よりも寝坊である事を熟知している犯人は、朝早くならば大丈夫と思って、堂々と金を受取りに行ったと思われるんだ。何でもない事のようじゃが今の眉の間と、鼻の頭に貼った五分角ぐらいの万創膏が、アトで研究してみると実に手軽い、しかも恐ろしい効果のある変相術じゃったよ。余程、甲羅《こうら》を経た奴でないとコンナ工夫は出来ん。君もアトで実験してみたまえ、万創膏の貼り方と位置の工合で、同一人でも丸で見違える位、印象が違うて来るからなあ。おまけに運動家らしく肩でも振って行けば、誰でも柔道の先生ぐらいに思うて疑う者は居らんからなあ」
「その小切手に指紋はないでしょうか」
「ドッサリ附いている筈だよ。今調査中じゃが、小切手を書いたこの家《や》の主人のもの、受取った犯人のもの、銀行員のも
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