い文月巡査の蒼白い額はジットリと汗ばんでいた。眼の前の空間を睨んで、魘《うな》されているような空虚な声を出した。
「呉羽嬢と、その犯人とは連絡がある……九蔵氏を殺した犯人が無事に逃げられるように、わざと朝寝をして、事件の発覚を遅らした……」
「ワッハッハッハッハ。イカンイカン。イクラ名探偵でも、そう神経過敏になっちゃイカン。世の中には偶然の一致という事もあれば、疑心暗鬼という奴もあるんだよ。シッカリし給え。アハアハアハ……」
文月巡査は夢を吹き飛ばされたように眼をパチクリさして猪村巡査の顔を見た。吾《われ》に帰って頭の毛を叮嚀に撫で付け初めた。
「しかし……それは事実でしょう……」
「おおさ。無論事実だよ。しかもよく在勝《ありが》ちの事実さ。しかも、それよりもモット重大な事実があるんだから呉羽嬢の寝過し問題なんかテンデ問題にならん」
「ドンナ事実です」
「今話した支配人の笠圭之介ね。その笠支配人が台所女中のヨネからの電話で、丸の内のアパートから自動車で飛んで来たのが、今日の十二時チョット前だった。それから主人の死体や何かを吾々立会の上で調べている中《うち》に、机の上に小切手帳が投出し
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