これも市田イチ子の証言だがね」
「ヘエ。いよいよ以て聞捨てになりませんね」
「ウン。平生《いつも》は女中に起されなくとも、キッチリ九時には起きて来た呉羽嬢が、今朝《けさ》に限って九時半頃まで起きないので、ヨネとイチの二人の女中が顔を見合わせたそうだ。どうかしたんじゃないかというので二人がかりで起しに行ってみたらグーグー寝ている気はいがする。それを猛烈に戸をたたいたり、叫んだりしてヤット起したりしたら、不承不承に起きて来た。真白い羽二重《はぶたえ》のパジャマを引っかけながら、どうも昨夜、催眠剤《おくすり》を服《の》み過ぎたらしいと云い云い湯に這入ったというんだ」
「ヘエ……わからないなあ」
と云ううちに文月巡査は、眼前《めのまえ》の机《テーブル》の上に身体《からだ》を投げかけて両肱を突いた。シッカリと頭を抱え込むと、溜息と一所に云った。
「スッカリわからなくなっちゃった」
「何がわからんチューのか……ええ?」
「……もし、それが事実なら、やっぱり呉羽嬢が九蔵氏を殺したのじゃない。不思議な足跡の主……つまり九蔵氏を脅迫した奴が殺したんだ」
「ホオ。なかなか明察だね。どうしてわかる」
若
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