ノ……タッタ一通なんだ。僕はよく見なかったが、司法主任の横からチョット覗いてみると普通の封緘《ふうかん》ハガキに下手な金釘《かなくぎ》流でバラリバラリと書いたものじゃったよ。表書《うわがき》は単に大森山王、轟九蔵様と書いて、差出人の処書《ところがき》も日附も何もない上に、消印《スタムプ》がドウ見てもハッキリわからん。一時は良かったが近頃の郵便局の仕事はドウモ粗慢でイカンね。司法主任はスッカリ憤《おこ》っとったよ。当局に申告して消印《スタムプ》のハッキリせぬ集配局を全国に亘って調べ出してくれると云っておったが……」
「中味にはドンナ事が書いてあったんですか」
「ただコレだけ書いてあった。大正十年三月七日……芝居ではないぞ……と……」
「大正十年三月七日……芝居じゃない……」
「ウン。そうだ。それから泣いている娘……だか何だかわからんが、世間からは娘と同様に見られとるからそのつもりで話するが……その娘の甘木《あまき》三枝こと天川呉羽嬢を呼出して、その脅迫状を見せるとコンナ字体についてはチットモ記憶がない。文句の意味も何の事やらカイモクわからぬ。前にコンナ手紙が来たような事実も記憶しておらん
前へ
次へ
全142ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング