関の扉《と》が開かない。おかしいなと思って、ここへ来て様子を見ているうちに、何もかも見てしまったんだがね……ヘヘヘ……何も心配しなくたっていいんだよ。呉羽さん。ちょうど、あっしが思っていた通りの事をアナタが遣ってくんなすったんだから、お礼を云いてえくれえのもんだ。お蔭であっしも奇麗サッパリと思い残すことがなくなりましたよ。ヘヘヘ……どうも、ありがとうがんす」
「……………………」
「ヘヘヘ。だから万一あっしが検挙《あげ》られたって、決して今夜の事あ口を割りやしません。アンタのしなすった事は、何もかもアッシが背負《しょ》って上げます。ドウセ首が百|在《あ》ったって足りねえ身体《からだ》なんだからね。ハハハ」
「……………………」
 呉羽はピストルを取落しヨロヨロと後退《あとじさ》りして踏止まり、両袖を胸に抱き締めて一心に生蕃小僧の顔を見詰める。
「ハハハ。その代りにねお嬢さん。万が一にも、あっしが無事に逃走了《ふけおお》せたら、どこかで、タッタ一度でもいいから、あっしの心を聞いて下さいよ……ね……」
「……………………」
 生蕃小僧はうなだれたまま神に祈るようにつぶやく。遠雷の音……。

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