つもりで……俺に仕えてくれ」
「あら。厭な人。あなた妾を恋して、いらっしゃるのね」
 轟氏は寝椅子からズルズルと辷《すべ》り落ちてペッタリと両手を床に支える。乞食のようにペコペコと頭を下げる。
「そ……そうなんだ。タ……助けると思ってこの俺の思いを……」
 呉羽、椅子の背中に掴まったまま、仕方なさそうに身を反《そ》らして高笑いする。
「ホホホホホホホホホホホ可笑《おか》しな方ね。ホホホホホホホホ……」
 その笑い声の中に電燈が消えて、場内が真暗になっても、笑い声は依然として或は妖艶に、或は奇怪に、又は神秘的にそうして忽ちクスグッタそうに満場を蠱惑《こわく》しいしい引き続いている。
 そのうちにソノ笑い声が次第に淋しそうに、悲しそうに遠退《とおの》いて行って、やがてフッツリと切れるトタンに舞台がパッと明るくなり、第二幕の第二場となる。
 呉羽の姿は見えず。黒っぽいモーニングコートに縞《しま》ズボン白|胴衣《チョッキ》の轟氏がタダ独りで、事務机の前の廻転椅子に腰をかけて、金口《きんぐち》煙草を吹かしながら一時二十五分を示している正面の大時計を見ている。左側のカアテンを引いた窓|硝子《ガラス
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