呉羽さんは、それを覚悟の前で演《や》ってるのかも知れないがね」
「……でも轟さんと呉羽さんの前身だけは今の幕で想像が付くワケね」
「ナアニ。みんな芝居だと思って見ているんだから、そんな余計な想像なんかしないだろう」
「そうかしら……でもポオの原作なんて誰も思やしないわよ。あれじゃ……」
「フフフ。黙ってろ。幕が開《あ》くから……オヤア……これあ西洋|室《ま》だ……おれア日本|室《ま》にしといた筈だが……」
「……シッシッ……」
 第二幕の第一場は大森の天川呉羽嬢邸内、轟九蔵氏自室の場面であった。部屋の構造から品物の配置、主人轟九蔵氏の扮装に到るまで、すべて実物の通りで、窓の外に咲き誇っている満開の桜までも、寸分違わない枝ぶりにあしらってある。
 その東の窓際の寝椅子に、着流しの轟九蔵氏が長くなっている足先の処に、美術学校の制服を着た、イガ栗頭の江馬兆策に扮した俳優が腰をかけている。その前に音楽学校のバンドを締めた美鳥ソックリの少女が姿勢正しく立って、美鳥のレコードを蔭歌にして独唱をしている体《てい》。それを轟氏が、如何にも幸福そうに眼を細くして聞いている。
「うらわかき吾が望み 青々と
前へ 次へ
全142ページ中120ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング