られねえぞ」
 と独りでうなずきながら立去る場面《ところ》であった。
 続いて舞台がまわると甘木柳仙自宅の場で、等々力久蔵が柳仙夫婦から娘の三枝を借受け、それとなく三枝に左様ならを云わせ、思入れよろしくあって退場する。そのままの場面で日が暮れると生蕃小僧が忍び入り、柳仙夫婦を惨殺し、家《うち》中を探しまわって僅少の小遣銭を奪い、等々力久蔵に計られたかなと不平満々の捨科白《すてぜりふ》を残して立去るところであった。
 幕が締ると皆ホッとして囁き合った。
「ねえお兄様。イクラか書換えてあって?」
「ウン。それが不思議なんだ。この幕は大体から見て僕が書下した通りなんだ。あんな大道具をどこに蔵《しま》って在ったんだろう……ただ柳仙夫婦の殺されの場がすこし違うようだね。あんな風に老人の柳仙が頭からダラダラ血を流して拝むところなんぞはなかったよ。キット睨まれると思ったからカゲにしておいたんだがね」
「警察の人は来ているんでしょうか」
「来ていても今晩は何も云わないのが不文律みたいになっているから大丈夫だよ。その代り明日《あす》になるとキット差止めるとか何とか威かして来るにきまっているんだ。もっとも
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