締めさせられて、学校の教壇みたような処へ立たされて『蛍の光』を日本語で歌わせられたの……そうして三分ばかりして歌が済んじゃったら監督みたいな汚ない菜葉《なっぱ》服の人が穴の明《あ》いたシャッポを脱いでモウ結構です。アリガトウ……って云ったきりドンドン他の場面を撮り初めるじゃないの。おまけに皆《みんな》して妾をジロジロ見ているでしょう。貴美子さんはソコイラに居ないし、帰り道は知らないし、妾、どうしていいかわからなくなっちゃって、モウ些《すこ》しで泣出すところだったのよ」
「馬鹿だね。エキストラなんかになるからさ」
「そうしたらね。その中《うち》にどこからかヒョックリ出て来た貴美子さんが、妾をモウ一度お湯に入れて、身じまいを直させている中《うち》に、頬ペタに赤|痣《あざ》のある五十位の立派な紳士の人が、セットの中で、妾に近付いて来てね。妾に名刺を差出しながら、どうも飛んだ失礼を致しました。こちらへドウゾと云ってね。妾と貴美子さんを自動車へ乗せてミカド・ホテルへ連れて行ってサンザ御馳走をして下すった上にね。京都や大阪や奈良あたりを毎日毎日、御自分の高級車で同乗して、見物させて下すったのよ。ど
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