口の込んだ泥棒でも這入ると、警察より先に久蔵親分の処へ知らせて来るというのです。流れ渡りの泥棒なんぞは、みんな等々力親分の縄張りを避けて通った。ウッカリ久蔵親分の眼の届く処で仁義の通らぬ仕事なんかすると、警察よりも先に手を廻されて半殺しの目に会わされるという評判で、生蕃小僧にとっては、この久蔵親分の眼がイの一番に怖くて怖くてたまらなかったのだそうです。
そこで生蕃小僧は意地になってしまって、どうしてもこの等々力巡査をノックアウトしてやろうと思って色々と智恵を絞ったのでしょう。とうとう一つのスゴイ手を考え付いたのです……ちょっと生蕃小僧という名前だけ聞くと人相の悪い、恐ろしい人間に思えるようですが、それは刃物《ドス》が利くのと、脚力《ノビ》が利くところを云ったもので、実は普通の人とチットモ変らない男ぶりのいい虫も殺さない恰好で、おまけに腰が低くて愛嬌がよかったもんですから行商人なんかになるとマルキリ本物に見えたそうです。ですから生蕃小僧はそこを利用してその頃|流行《はや》っていた日本一薬館の家庭薬売《オッチニ》に化けて大きな風琴を弾き弾き見付の町を流しまわっているうちに、等々力の若親分の身のまわりをスッカリ探り出してしまいました。
……何でも等々力若親分の若い奥さんというのは、近くの村の百姓の娘で、持って生れた縹緻美《きりょうよ》しと伝法肌《でんぽうはだ》から、矢鱈《やたら》に身を持崩していたのを、持て余した親御さんと世話人が、情《じょう》を明かして等々力の若親分に世話を頼んだものだそうですが、何ぼ等々力の親分のお声がかりでも、こればっかりは貰い手がないので、何となく顔が立たないみたいな事になって来たものだそうです。そこで……ヨシキタ……そんなら一番俺がコナシ付けてくれよう。俺の傍《そば》へ引付けておいたら、そう無暗《むやみ》に悪あがきも出来ないだろうというので、乾児《こぶん》たちの反対を押切って、立派な婚礼の式を挙げたものだそうですが、これが等々力親分の一生の身の過《あやま》りでした。というのは、その若い奥さんの伝法肌というのが、若い女のチョットした虚栄心が生んだ浅智恵から来たものだったのでしょう。若親分から惚れられているなと思うと、早速亭主を馬鹿にしちゃって、主人の留守中に、何かしら近所の噂にかかるような事をしていたのでしょう。ですから、そんな事を聞き出した生蕃小僧はスッカリ喜んじゃったのですね。大胆にもオッチニの金モール服のまま、他所《よそ》から帰って来る若親分を、町外れの草原《くさはら》で捕まえて面会したのだそうです。そうして奥さんの不行跡《ふしだら》を自分一人が知っている事のように洗い泄《ざら》い並べ立てて脅迫しながら、済まないがここのところを暫くの間、眼をつむってもらえまいか。稼ぎ高を山分けに致しますから……とか何とか厚顔《あつか》ましい事を云って、柔らかく固く相談をしますと、不思議にも若親分が、青い顔をして暫く考えた後《のち》に、黙って承知したんだそうです。モトモト久蔵親分は、好きで渡世人になった訳じゃないし、法律の一つも心得ているだけに、東京へ出て一旗上げたい上げたいと思いながら、因縁に引かれ引かれて足を洗いかねているところへ、最愛の女房《おかみさん》から踏み付けにされちゃったのですからスッカリ気を腐らしたのでしょう。そうして生蕃小僧に別れると直ぐに久蔵親分は、甘木柳仙の処を尋ねて、すみませんがモウお雛様がお片付きのようですから、御宅のお嬢さんを又、暫く私に貸して頂けますまいか。久し振りに抱《だ》っこして寝たいですからと申込みました……久蔵親分は若い人に似合わない子供好きで、見付の子供は皆オジサンオジサンと云って懐《なつ》いていたそうです。わけてもこの柳仙の処の子供は、特別に可愛がっていたせいでしょう。まるで親のように懐《なつ》いておりましたし、それまでにも度々そんな事がありましたので、柳仙夫婦は快く子供の着物を着かえさしたりお菓子や寝床まで風呂敷に包んで、若親分に渡してやったそうです。
……それから若親分は自宅へ帰ると、直ぐに乾児《こぶん》どもを呼集め、その大勢の眼の前に、若い奥さんと世話人を呼付けてアッサリ離別を申渡しましたので、二人ともグーの音《ね》も出ないで荷物を片付けてスゴスゴと田舎へ帰りました。それを見送った若親分は……ほんとに済まない事をした。俺の顔ばかりでなくお前たちの顔まで潰してしまった。俺はモウ決心を固めているのだからこの際何も云うてくれるなと云って乾児《こぶん》の中《うち》の一人に自分の席を譲り、その場で、お別れの酒宴を初めました。
……一方に柳仙夫婦の一軒屋へ生蕃小僧が忍び入って、夫婦と女中の三人を惨殺し、家中《うちじゅう》を引掻きまわして逃げて行ったのは、ちょうどその暁方《あけが
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