生の秘密よ。今度、轟さんが殺された原因がスッカリわかる話よ」
「えッ。そ……そんな秘密が……まだあるんですか」
「ええ。トテモ大変な秘密なのよ。今月の十五日迄にこの秘密をアンタに脚色してもらって、来月の初め頃にかけて妾自身が主演してみたいと思っているんですから、そのつもりで聞いて頂戴よ」
「……かしこ……まりました」
「ですけどね。この話の内容は、芝居にすると相当物騒なんですから、警視庁へ出すのには筋の通る限り骨抜きにした上演脚本《あげほん》を書いて下さらなくちゃ駄目よ。興行差止《チリンチリン》なんかになったら、大損をするばかりじゃない。妾の計劃がメチャメチャになってしまうんですからね。是非ともパスするように書いて頂戴よ。もちろん日本の事にしちゃいけないの。西洋物の飜案《やきなおし》とか何とかいう事にして、鹿爪《しかつめ》らしい原作者の名前か何か付けて江馬兆策脚色とか何とかしとけばいいでしょ。その辺の呼吸は万事おまかせしますわ」
「……しょうち……しました」
「出来たら直ぐにウチの顧問弁護士の桜間さんに渡して頂戴……」
「支配人じゃいけないんですか」
「ええ。妾の云う通りにして頂戴……笠さんじゃいけない訳は今わかりますから……」
「……で……そのお話というのは……」
「……もう古い事ですわ。明治二十年頃のお話ですからね。畿内の小さな大名植村|駿河守《するがのかみ》という十五万石ばかりの殿様の御家老の家柄で、甘木丹後《あまきたんご》という人の末ッ子に甘木|柳仙《りゅうせん》という画伯《えかき》さんがありました」
「どこかで聞いた事があるようですな」
「ある筈よ。ホホ。柳遷《りゅうせん》とか柳川《りゅうせん》とか色々|署名《サイン》していたそうですが、その人が御維新後のその頃になって、スッカリ喰い詰めてしまって、東海道は見付《みつけ》の宿《しゅく》の等々力《とどりき》雷九郎という親分を頼って来て、町外れの閑静な処に一軒、家《うち》を建ててもらって隠棲しておりました。静岡、東京、名古屋、京阪地方にまでも絵を売りに行って相当有名になっておりましたが、その中でも古い錦絵の秘密画とか、無残絵とか、アブナ絵とかを複写するのが上手で、大正の八九年頃には相当のお金を貯めて、小さいながら数奇《すき》を凝らした屋敷に住むようになっていたそうです」
「それで思い出しました。僕はその絵を見た事があります。たしか四条派だったと思いますが……」
「ね。あるでしょう……その柳仙夫婦の間に、その頃三つか四つになる三枝という女の児《こ》がありました。父親が五十幾つかの老年になって出来た子供なのでトテモ可愛がって、ソラ虫封じ、ソラ御開運様といった風に色々の迷信の中《うち》に埋めるようにして育てたものだそうですが、それがアンマリ利き過ぎたのでしょう。今の妾みたいな人間になってしまったのです」
「結構じゃないですか」
「……まあ聞いて頂戴……その大正の十年ごろ静岡あたりを中心にして東海道から信州へかけて荒しまわっていた殺人強盗で、本名を石栗虎太、又の名を生蕃《せいばん》小僧というのが居りました。生蕃みたいに山の中へ逃込むとソレッキリ捕まらない。人を殺すことを何とも思っていないところから、そう呼ばれていたのだそうです。その生蕃小僧がこの柳仙の一軒屋に眼を付けたのですね。……どうしてもモノにしようと思って色々様子を探ってみたんだそうですが、その柳仙の一軒屋というのは、見付の人家から二三町も離れていて、呼んでも聞こえないばかりでなく、四方八方に森や、木立や、小径がつながり合っていて、盗賊《かせぎ》には持って来いの処だったのですが、しかし、何よりもタッタ一つ、一番恐ろしい番犬がこの柳仙の家をガッチリと護衛《まも》っている事が、最初から判明《わか》っているのでした。……その番犬というのは見付の町で、土木の請負をやっている等々力親分の一家でした。
 その頃見付の宿で、等々力雷九郎親分の後を嗣《つ》いでいたのが等々力久蔵という、生蕃小僧と同じ位の年頃の若い親分でした。もっとも大正十年頃の事ですから、昔ほどの勢力はなかったのでしょう。そこいらの田舎銀行や、大百姓の用心棒ぐらいの仕事しかなかったのでしょう。その上に、その若親分の久蔵というのも、昔とは違った帝大出の法学士で、弁護士の免状まで持っていたインテリだったそうですが、乾分《こぶん》に押立てられてイヤイヤながら渡世人の座布団に坐り、新婚早々の若い、美しい奥さんと二人で、街道筋を見渡していたものですが、この若親分の久蔵というのが、十手捕縄を預っていた雷九郎親分の血を引いたものでしょう。親分生活は嫌いながらにあの辺切っての睨み上手の、捕物上手で、云ってみれば田舎のシャロック・ホルムズといったような名探偵肌の人だったのでしょう。すこし手
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