関の扉《と》が開かない。おかしいなと思って、ここへ来て様子を見ているうちに、何もかも見てしまったんだがね……ヘヘヘ……何も心配しなくたっていいんだよ。呉羽さん。ちょうど、あっしが思っていた通りの事をアナタが遣ってくんなすったんだから、お礼を云いてえくれえのもんだ。お蔭であっしも奇麗サッパリと思い残すことがなくなりましたよ。ヘヘヘ……どうも、ありがとうがんす」
「……………………」
「ヘヘヘ。だから万一あっしが検挙《あげ》られたって、決して今夜の事あ口を割りやしません。アンタのしなすった事は、何もかもアッシが背負《しょ》って上げます。ドウセ首が百|在《あ》ったって足りねえ身体《からだ》なんだからね。ハハハ」
「……………………」
呉羽はピストルを取落しヨロヨロと後退《あとじさ》りして踏止まり、両袖を胸に抱き締めて一心に生蕃小僧の顔を見詰める。
「ハハハ。その代りにねお嬢さん。万が一にも、あっしが無事に逃走了《ふけおお》せたら、どこかで、タッタ一度でもいいから、あっしの心を聞いて下さいよ……ね……」
「……………………」
生蕃小僧はうなだれたまま神に祈るようにつぶやく。遠雷の音……。
「しかし、それあ、あっしみてえな人間にとっちゃ、及びもねえ事かも知れねえ。だから万一御用を喰っちまえあ、貴女《あなた》の罪を背負って行くのがタッタ一つの楽しみでさ。ヘヘヘ。あっしみてえな人間の心あ貴女《あなた》みてえな女《ひと》でなくちゃあ理解《わか》ってもれえねえからな」
「……………………」
生蕃小僧はチョット涙を拭いてニヤニヤと笑った。
「ヘヘヘ。それからね。チット未練がましい長文句になって済まねえが、明日《あす》の朝は、せめてアッシにお線香でも上げるつもりで、出来るだけ朝寝しておくんなさいね。その轟九蔵の死骸がアンマリ早く見付かっちゃ困るんだ。銀行へ行ってお金を受取らなくちゃなりませんからね。いいかね。お頼ん申しますよ」
と云う中《うち》に姿は闇の中に消えて、声だけが朗らかに残った。
「……オットット……その窓は、そのまんま開け放しといた方がいいね。閉め切っとくと、オマハンの首に縄がかかるんだ。ハハハハハハ……」
やがてバラバラと雨の音……烈しい電光……。
あとを見送った呉羽はホッとため息した。そうしてニッコリとあざみ笑いをしいしい入口の扉《ドア》の把手《ハンドル》を、袖口でシッカリと拭い上げてから、舞台正面、中央の青ずんだフットライトの前まで来ると、大きな眼をパチパチさせてビックリしたように場内一面の観衆を見まわした。……すると……その背後の天井裏から新調らしい、真白い緞子《どんす》の幕がスルスルと降りて来て、一切の舞台面を霧のように蔽い隠した。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒホホホホホホホホホハハハハハ……」
底の抜けるほど朗らかな、明るい呉羽の笑い声が、満場におののき渡った。
トタンに場内の片隅から、低いけれどもケタタマシイ、慌てた声が起った。
「芝居だよ芝居だよ。タカが芝居じゃないか。ビクビクするな。シッカリしろ……シッカリして舞台を……アッ。いけねえいけねえ。脳貧血脳貧血。チョット誰か……来て……」
そうした若い男の声が、一層モノスゴク場内を引締めた。
しかしその声の方向を振り向いて見る者すら居なかった。場内はさながらに数千の人間を詰めた巨大な花氷のように冷たく凝固してしまっていた。その中《うち》に呉羽の笑い声が今一度華やかに、誇りかに閃めき透り初めた。
「ホホホホホホハハハハハハ……。いかがで御座います皆様……おわかりになりまして? 轟九蔵を殺したのは私だったので御座いますよ。皆様からこれほどの身に余る御引立を受けまして、轟九蔵からあれほどまで可愛がられておりました私だったので御座いますよ。ホホホハハハハハ……。
……その殺しましたホントの理由と申しますのは……どうぞ恐れ入りますが今晩のお芝居を、第一幕から今一度繰り返して御考え下さいまし。当劇場の探偵劇を御ひいき下さいます皆様は、すぐに御察し下さることと存じます。
……私は、父の甘木柳仙が老年になってから生まれました長男だったので御座います。そうして只今も取って十九歳に相成ります甘木三枝と申す男の子なので御座います。ハハハハホホホホホ……私の実父の柳仙は旧弊な人間で御座いましたので、老人の一人子は、その子供の性を反対に取扱って育てますと……女の児《こ》は男の児《こ》の通りに……又男の児《こ》は女の児《こ》の通りにして育てますと、無事に成長させる事が出来る……とよくソンナ事を申します迷信から、わざわざ私を女の児《こ》という事にして三枝という名前を附けて役場に届けまして、それから何もかも女の児《こ》として育てられながら、だんだんと大きくなってまいりますうちに、私自身でも
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