何やら首肯《うなず》き、唇をキッと噛んで部屋の中をジロジロ見まわしながら考えている中《うち》に突然、ポンと手を打合わせてニッコリ笑い、残忍な眼付で入口の扉《ドア》を振返りつつ、机の上の短剣型ナイフを取上げて素早く帯の間に隠すところへ、電話をすました轟氏が帰って来て悠々と扉《ドア》を閉め、立っている呉羽と向い合ってギョッとする。
「ナ……何だ……何だ今頃……何か用か……」
「ハイ。きょう……昼間にお願い致しました事の、御返事を聞かして頂きに参りましたの」
「美鳥と結婚したいという話か」
「ええ……貴方の眼から御覧になったら、飼って在る小鳥が、籠の中から飛出したがっている位の、詰まらないお話かも知れませんけども……妾……あたしこの頃、急にそうして、今までの妾の間違った生活を清算したくてたまらなくなりましたの」
「ならん……そんな馬鹿な事は……俺の気持ちも知らないで……」
「ホホ。お憤《いきどお》りになったのね。ホホ。それあ今日までの永い間の貴方のお志は何度も申します通り、よくわかっておりますわ。……ですけど……あたしだって血の通っている人間で御座いますからね。最初から貴方のお人形さんに生れ付いている犬猫とは違いますからね。もうもう今までのような間違った、不自然な可愛がられ方には飽き飽きしてしまいましたわ」
「……カカ……勝手にしろ。馬鹿。俺のお蔭で生きているのが解らんか」
「どうしても、いけないって仰言るの……」
「ナランと云うたらナラン……」
 と云い捨てて廻転椅子に腰をかけ、事務机の上を片付け初める。
「オヤ。紙小刀《かみきり》が無い。鞘《さや》はここに在るんだが……お前知らんか……」
「存じませんわ。ソンナもの……」
「彼品《あれ》はトレード製の極上品なんだ。解剖刀《メス》よりも切れるんだから無くなると危険《あぶな》いんだ。鞘に納めとかなくちゃ……」
「よござんすわ。あたし、どうしても美鳥さんと結婚してみせるわ。キットこの家《うち》で美鳥さんに子守唄《ララバイ》を唄わせて見せるわ」
「……………………」
「何と仰言ったって美鳥さんを逐出《おいだ》させるような残酷な事は、断じて、断じてさせないわ」
「……勝手にしろッ。コノ出来損ないの……カカ片輪者《かたわもの》の……ババ馬鹿野郎ッ……」
「ネエ。いいでしょう……ねえ。ねえエ……あたしだってモウ……年頃なんですものオ……」
 と云ううちに轟氏の背後から廻転椅子ごしに甘えかかるようにして頬をスリ寄せながら、帯の間から短剣を取出し、白い腕の蔭に隠して轟氏の胸に近付け、不意に両手で握って力任せにグッと刺す。
「ガッ……ナ何を……するッ……ガアッ……ムムムムム……」
 その時に硝子《ガラス》窓の外から、最前の生蕃小僧が覆面の顔を覗かせる。電光イヨイヨ烈しくなる。
 呉羽は虚空を掴んだままの轟氏の両手を避けながら、刺さっている刃物の十字形の※[#「※」は「木+霸」、第3水準1−86−28、218−7]《つか》を、鼻紙で用心深く拭い上げ、事務机の一番下の曳出《ひきだし》から生蕃小僧の脅迫状を探し出して、その中《うち》の一枚を元に返しながら懐中し、曳出《ひきだし》の表面に残っている指紋に呼吸《いき》を吐きかけ吐きかけ念入りに鼻紙で拭き取っている中《うち》に、窓|硝子《ガラス》をコツコツとたたく音を聞付け、ハッとして振返る。
 窓の外の生蕃小僧、覆面を除き、白い歯を露《あら》わしつつ眼を細くして笑い、ここを開けよという風に手真似をする。呉羽はわななく手で曳出《ひきだ》しからピストルを取出し、襦袢の袖に包み、引金に指をかけながら近付き、やはり襦袢の袖でネジを捻じって窓を開ける。生蕃小僧は外に立ったまま依然として笑いながら声をひそめる。
「呉羽さん。相変らず綺麗ですなあ」
「……………………」
「私《あっし》ゃこれで貴女《あなた》の生命《いのち》がけのファンなんだよ。ドンナに危《ヤバ》い思いをしても、貴女《あなた》の芝居ばっかりは一度も欠かした事はないし、ブロマイドだって千枚以上|蓄《た》めているんだぜ。ハハ」
「……………………」
「しかし、心配しなくともいいんだよ。どうもしやせんから……あっしはねえ……」
「……………………」
「あっしはね。モウ御存じかも知れんが、貴女《あなた》や、その轟さんとは相当、古いおなじみなんだ。あっしを手先に使って、貴女の御両親を殺させた、その轟九蔵って悪党に古い怨恨《うらみ》があるんでね。タッタ今二千円をイタブッて出て行ったばっかりのところなんだが……どうも彼奴《あいつ》の呉れっぷりが美事なんでね。万一、警察《さつ》へ密告《さし》やしめえかと思って、途中の自働電話から彼奴《あいつ》を呼出して、もう一度用事が出来たからと云っておいて、引返してみたら、約束しておいた玄
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