、自分が男だか、女だかわからない位、声から姿までも……心までも女らしくなってしまったので御座います。只今、こう申しております中《うち》にも皆様はまだ私を一人前の女と信じ切っておいでになる方が、かなり大勢おいでになる事で御座いましょう。ホホホホホホハハハハハハハハハ……。
……ところがツイこの頃になりまして、そうした女性的な習慣に埋もれておりました私の心が、いつの間にか男性として眼醒《めざ》め初めたので御座います。そうして今晩のお芝居で、お眼にかけました通りに、あの轟九蔵の執拗《しつこ》い変態的な[#底本では「変態的の」と誤記]愛がたまらなく厭《いや》になりまして、あの純真なソプラノ歌手の美鳥さんと一所になりたいばっかりに、止むに止まれない切ない気持から、あのような無鉄砲な事を仕出かしまして、満都の皆様方に、お詫の致しようもないお心づかいを、おさせ申したので御座います。そうしてその上にも因果な事には、女としての私に恋|焦《こが》れておりましたあの兇悪無残の殺人鬼、生蕃小僧が、女性としての私を恋する余りに、それこそ生命《いのち》がけで私の罪悪をカバーしてくれましたお蔭で、やっと今日まで娑婆《しゃば》に生き永らえまして、おなつかしい皆様に今一度、斯様《かよう》な舞台姿で、お目にかかる事が出来たので御座います」
「芝居だ芝居だ」
「スゴイスゴイ……」
「ああ……たまらねえ」
満場の人々のタメ息が一瞬間笹原を渡る風のように渦巻きドヨめいて直ぐに又ピッタリと静まった。
「……けれども皆様お聞き下さいまし。私は、こうして大罪を犯してしまいますと、今一度、夢から醒めたような気持になってしまいました。静かに自分自身を振り返る事が出来るようになりました。男性として眼醒めました私は、今度は男性としての良心に眼醒め初めたので御座います。私のような鬼とも獣《けだもの》とも、又は蛇だか鳥だかわかりませぬような性格の人間が、あの女神のように清らかな美鳥さんに恋をするのは間違っている。私のこの血腥い呼吸が、ミジンも曇りのないアノ美鳥さんのお顔にかかってはいけない。私のこの爛《ただ》れ腐った指が、あの美鳥さんの清浄無垢の肉体《おからだ》にチョットでも触れるような事があってはならぬということを深く深く思い知りましたので、そうした私の心持を、ホンノ少しばかりでもいい、美鳥さんに理解《わか》って頂きたいばっかりに、このお芝居を思い付いたので御座います。……で御座いますからこのお芝居の終り次第に、私の持っておりますものの全部を、心ばかりの贐《はなむけ》として、私の顧問を通じて美鳥さんに受取って頂く準備がモウちゃんと出来ているので御座います。……美鳥さんは私のこうした気持をキット受け入れて下さる事と信じます。そうしてあの可哀そうな殺人鬼、生蕃小僧の罪名が、すこしでも軽くなるように、心から世話して下さるに違いないと思います」
「シバイダ……シバイダ……」
「ホホホホ……まったくで御座いますわねえ。この世は何もかもお芝居で御座いますわねえ……。ですから私も、こうして最後のお芝居を打たして頂きまして、私の一生涯を貫いておりますこのノンセンスこの上もない怪奇探偵、邪妖劇の幕を閉じさして頂くので御座います。……生蕃小僧と手に手を取って絞首台へ登るような作りごとはモウどうしても出来なくなったからで御座います。私は、私の真実にだけ生きて行きたくなったからで御座います。
……おなつかしい皆様……お名残り惜しゅう御座いますが天川呉羽は、もうコレッキリ永久に皆様の前から消失《きえう》せなくてはなりませぬ。
……では皆様……さようなら……御機嫌よう御過し下さいませ」
低く低く頭を下げた天川呉羽の、大きな水々しい前髪の蔭から玉のような涙がハラハラと滴り落ちるのが、フットライトに閃めいて見えた。
「シバイダ……シバイダ……」
「……バ馬鹿ッ……芝居じゃないゾッ……芝居じゃないんだぞッ……ト止めろッ……」
突然に叫び出した浴衣がけの若い男が一人、最前列の左側の見物席から、高い舞台の板張に飛付いて匍い上ろう匍い上ろうと藻掻《もが》き初めた。それを冷然と流し目に見た天川呉羽は、慌てず騒がず、内懐《うちふところ》に手を入れて、キラリと光るニッケルメッキ五連発の旧式ピストルを取出した。自分の白い富士額の中央に押当ててシッカリと眼を閉じた……と思う中《うち》に、
……轟然一発……。
美しい半面をサット真紅に染めた呉羽は、ニッコリと笑って両手を合わせた。背後の白幕に虹のような血飛沫《ちしぶき》を残しながら、フットライトの前にヒレ伏した。
トタンにヤット見物席から匍い上った浴衣がけの男が、飛び上るように呉羽の身体《からだ》に取付いた。綺麗に分けた髪を振乱したまま正面に向って悲壮な声で叫んだ。
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