ち》トキワ映画へお這入りになるような事がありましても、私の方の契約だけは、お約束通りにお願い致します……ってペコペコあやまってんの。ツイ今サッキの事よ。あたし何の事だか、わかんなくなっちゃったわ」
「その名刺、ここに持ってんのかい」
「ええ。ここに在るわ。段原っていう人よ。あたしどこかで聞いた事があるように思うんですけど……」
「エッ……段原……それあお前アノ興行王じゃないか……東洋一の……」
「アラッ。そうそう……あたし写真ばっかり見てたから気が付かなかったんだわ。あの人に妾見込まれたのか知ら……」
「……ウーム。大変な事になっちゃったね」
「あたしドウしましょう」
「ところで本職のロッキー・レコードの方の成績はドウダイ……」
「それが又おかしいのよ。故郷《おくに》の小唄ばかり入れさせられるのよ。故郷《おくに》の発音を西洋人が聞くとトテモ音楽的なんですってさあ。他の人が歌ったんじゃ駄目なんですって……」
「妙だね。ウッカリすると、そいつもやっぱりメード・イン・ジャパンのお蔭かも知れないぜ」
「そうかも知れないわ。でもね、妾の唄った『島の乙女』の裏表が七千枚ずつ二度も亜米利加《アメリカ》へ出たそうよ。ですから妾、今月はトテモホクホクよ」
「……驚いたね。アンマリ早くエラクなり過ぎて恐しいみたいじゃないか」
「そうしてお兄様の方の成績はドウ?」
「お前とウラハラだ。何もかも滅茶滅茶さア」
「まあ。でも無事にお帰りになってよかったわ」
「いや。まだわからないよ。無事だかどうだか」
「どうしてコンナに早くお帰りになったの……九月の十日過に帰るって仰言ったのに……」
「どうしてってあの今月四日の新聞を見たからさ。急に心配になって来たからね」
「……アラ……妾もよ。ずいぶん心配しちゃったわ。だってお兄様が熱海からお送りになった、今度のお芝居の脚本を弁護士の桜間さんにお渡しする前にチョット盗み読みしていたでしょう。あの脚本でアンナ大袈裟な広告をするなんて、ずいぶんヒドイと思ったわよ。呉羽さんの身上話《みのうえばなし》まる出しなんですもの。ポーの原作でも何でもありゃしない」
「ウン。僕が心配したのもソレなんだよ。立派な広告詐欺だからね。おまけにお前、あの脚本は呉羽さんの命令で全部骨抜きだろう。今度の事件の核心に触れているところなんかコレンバカリもありあしない。何でもカンでも上演脚本《アゲホン》がパスさえすれあ、それでいいって云うんだからその通りに書いておいたのさ。それから直接に桜間弁護士に立山から長い電報を打って様子を聞いてみると、あの脚本にはロクに眼も通さないまま、呉羽さんが出発しちゃったという返事だろう。弱ったよ全く。ドンナ本読みをしてドンナ稽古を附けているんだか丸きり見当が付かないんだからね。笠のオヤジの生蕃小僧問題なんかホッタラかしちゃって、座員の寺本に電報を打って、この特等席を二つ取ってもらって、その返事を見てから大急ぎで帰って来たんだがね。その途中で美鳥《みいちゃん》にあの電報を打ったのさ」
「道理で……あたし、ちょっと意味がわからなかったわ。だって『スグテラモトニデンワセヨ』っていうんですもの。あたしアンナ女たらしの役者の人に会わなくちゃならないのかと思ってヒヤヒヤしちゃったわ」
「美鳥《みいちゃん》は相変らずお固いんだね」
「笠さんは今、どこに居らして?」
「モウ帰って来ている筈だがね。越中の立山に居たんだが」
「アラ。マア。あんな処へ……」
「ウン。どうやらお前の予言が当ったらしいんだ。俺は呉羽さんから良《い》い加減ドンキホーテ扱いにされていたらしいんだ」
「まあ……どうして……」
「どうしてって馬鹿な話さ。笠支配人は何でもないんだよ。僕があの脚本を書上げると直ぐに、彼奴《あいつ》に取りかかってやったんだ。犯人は貴様だろう……って威嚇《おどか》し付けてやったら、一ペンに青くなっちゃってね。色々弁解しやがるんだ。下らないアリバイなんか出しやがってね……そのうちにドウモ此奴《こいつ》は生蕃小僧なんて恐れられるようなスゴイ人物じゃないらしいって感じがして来たんだ。しかし、それでも猫を冠っているんじゃないかと思って、色々変相して附け狙っていると、彼奴《あいつ》め殺されるとでも思ったのか、素早く俺の変装を看破して、アッチ、コッチの温泉を逃げまわりやがるんだ。アイツは余っ程、温泉が好きなんだね。しかも行く先々で彼奴《あいつ》の狒々老爺《ひひおやじ》振りを見せ付けられてウンザリしちゃったよ。まったく……」
「妾も大方ソンナ事でしょうと思ってたわ」
「そのうちに今月の五日になって、立山温泉で東京の新聞のアノ広告を見ると正直のところ、二人ともビックリしちゃったんだね。これは大変だ。飛んでもない事が初まらなけあいいがと気が付くトタンに、二人と
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