ネさんがビックリしちゃってね。その喧嘩の話は決して喋舌《しゃべ》っちゃイケナイって云ってねあの女《ひと》、自分がオセッカイのお喋舌《しゃべり》のもんですから、イチ子さんにシッカリと口止めをしといてから、わざわざやって来てソッと私に知らしてくれたのよ。こちらでも気《け》ぶりにも出さないようにして下さいってね。おかアしな女《ひと》よ。おヨネさんたら……ホホホ。あたし最初、何の事だかわかんなかったわ」
「ああ。その話かい。今朝《けさ》、台所で暫くボソボソやっていたのは……一体何の喧嘩だい。轟さんと呉羽さんと言い争った原因というのは……」
「妾たち二人を追い出すとか出さないとかいう話よ」
「ナニ……俺たちを追い出す……?……」
「ええ。そうなんですって。何故だかわかんないんですけど」
「……ケ……怪《け》しからん。俺は今まであの轟をずいぶん助けてやっているのに……」
「……そんな事云ったって駄目よ。御恩比べなんかすると馬鹿になってよ」
「馬鹿は最初から承知しているんだ。向うはホンの些《ちっ》とばかりの金を出してくれただけだ。それに対してこちらは、お金で買えない天才を提供しているじゃないか。しかも有らん限りの生命《いのち》がけで……」
「お兄さん馬鹿ね。そんな事云ったって誰も相手にしやしませんよ」
「一体ドッチが俺たちを追い出すと云うんだ」
「轟さんが追い出すって云うのを呉羽さんが、理由なしにソンナ事をしてはいけないってね。泣いて止めていらっしたそうよ」
「当り前だあ」
「当り前だかドウだか知りませんけどね。もしソンナ話があったのを妾たちが聞いたって事が警察にわかったら大変じゃないの。お兄さんの極端に激昂し易い性格は、みんな知っている事だし、あの家《うち》の案内は残らず御存じだし……万一、疑いがかかったら大変と思ってね妾ずいぶん心配したのよ」
「馬鹿な……俺はソンナ馬鹿じゃない」
「だって今みたいに昂奮なさるじゃないの……話がわかりもしない中《うち》に……」
「……ウウン……それあ……そうだけど……」
「……ね……ですから妾は直ぐにアリバイの説明の仕方や何かについて考えたわ。……ずいぶん苦心したことよ」
「そんな事は苦労する迄もないじゃないか。昨夜《ゆうべ》はチャントここに寝てたんだから……」
「まあ。そんなアリバイが成立する位なら苦心しやしないわ。お兄さんたら探偵作家に似合
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