わない単純な事を仰言るのね。でもその寝ていらっしゃるところを誰か他所《よそ》の人が夜通し寝ないで見ていなくちゃ駄目じゃありませんか。妹の妾が証明したんじゃ証明にならないんですからね。それ位の事は御存じでしょう。貴方だって……」
「ウム。そんならドンナアリバイを考えたんだい」
「それがなかなか考えられないのよ。ですからね。今夜、貴方がお帰りになったら、よく相談しましょうと思って待っていたら、イツモの十一時になってもお帰りにならないでしょ。劇場《こや》の方へ電話をかけてみたら、もうお芝居はトックにハネちゃって、呉羽さんと二人でお帰りになったって云うでしょう。ですからテッキリあのアルプスに違いないと思って電話をかけたらテッキリなんでしょう。ですからその電話に出たボーイさんに頼んであすこの受話機を……ちょうど貴方の背後《うしろ》に在る木の空洞《うつろ》の中の卓上電話を外しっ放しにして受話機を貴方の方に向けておいてもらったのよ。ですから貴方と呉羽さんのお話が何もかも筒抜けに聞えたのよ。あの家《うち》はいつもシーンとしているんですからね」
「エライッ。名探偵ッ……握手して下さいッ」
「馬鹿ね。お兄さま……あの女《ひと》の云う事、信用していらっしゃるの……」
「あの女《ひと》って誰だい」
「誰って彼女《あのひと》以外に誰も居なかったじゃないの……」
「呉羽さんが僕と結婚してもいいって話かい」
「ええ。あれは絶対に信用なすっちゃ駄目よ」
「エッ……どうして……」
「どうしてったって呉羽さんは、お兄さんと結婚してもいいって事をハッキリ仰言りやしなかったわ」
「……………」
兆策は額を押えて椅子に沈み込んだ。
「フ――ム。そうかなあ……」
「そうよ。彼女《あのひと》の話は陰影がトテモ深いんですから、用心して聞かなくちゃ駄目よ。たといソンナ事をハッキリ仰言ったにしても、それあ嘘よ……キット……」
「どうしてわかるんだい。そんな事が……お前に……」
「女の直感[#底本では「直観」と誤記]よ。……第三者の眼よ……」
「それだけかい……」
「それだけでも十分じゃないの。あたし……あの呉羽って女《ひと》……キット深刻な変態心理の持主だと思うわ」
「直感でかい」
「いいえ。色んな事からそう思えるのよ。第一あの女《ひと》は貴方がホントに好きなんじゃない。妾が好きなのよ……それも死ぬほど……」
「ナ
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