ヘエ。つまりこの新聞記事以外の事は、わかっていないんでしょうか」
「馬鹿な。まだまだ重大な秘密がわかっているんだよ」
文月巡査の眼がキラキラと光った。
「……ソノ……僕はツイ今しがた、非常で呼出されて来たばっかりで何も知らないんですが。来ると同時に署長殿からモウ帰っても宜しいと云われたんで、実は面喰《めんくら》ったまま貴方《あなた》に従《つ》いて来たんですが」
「見せてやろうか……現場を……」
「ええ。どうぞ……」
「絶対に喋舌《しゃべ》っちゃイカンよ。誰にも……」
「ハイ……大丈夫です」
「よけいな見込を立てて勝手な行動を執《と》るのも禁物だよ」
「……ハイ……要するに知らん顔しておればいいのでしょう」
「……ウン……新米の連中は警察が永年鍛え上げて来た捜索の手順やコツを知らないもんだから、愚にも付かん理屈一点張りで行こうとしたり、盲目滅法《めくらめっぽう》にアガキ廻って却《かえ》ってブチコワシをやったりするもんじゃよ。こっちへ来てみたまえ。ドウセイ退屈じゃからボンヤリしとったて詰まらん。将来の参考に見せてやろう」
「ありがとう御座います」
二人は丸腰のまま応接間をソッと出て、直ぐ隣室になっている廊下の突当りの轟氏の居室《いま》に這入《はい》った。流石《さすが》に豪華なもので東と南に向った二方窓、二方壁の十坪ばかりの部屋に、建物の外観に相応《ふさわ》しい弧型《こけい》マホガニーの事務机《デスク》、新型木製卓上電話、海岸傘《ビーチパラソル》型電気スタンド、木枠正方型|巻上《まきあげ》大時計、未来派裸体巨人像の額縁、絹紐煽風機、壁の中に嵌め込まれている木彫《きぼり》寝台の白麻垂幕《ドロンウォーク》なぞが重なり合って並んでいるほかに、綺麗に拭き込んだ分厚いフリント硝子《ガラス》の窓から千万無数に重なり合った樫の青葉が午後の日ざしをマトモに受けてギラギラと輝き込んで来る。盛んに啼いている蝉《せみ》の声も、分厚い豪奢な窓|硝子《ガラス》に遮られて遠く、微《かす》かにしか聞こえず、壁が厚いせいであろう、暑さもさほどに感じられない。近代科学の尖端が作る妖異な気分が部屋の中一パイにシンカンとみちみちしている感じである。
「この家《うち》の中は随分涼しいんですね」
「どこかに冷房装置がしてあるらしいね……ところで見たまい。被害者はこの事務机《デスク》の前の大きな廻転椅子に腰をか
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