ら真二《まふた》つにスコップでたたき截《き》って、大きなバケツ二杯に詰めて出て来た。甲板に出て生命綱《いのちづな》に掴《つか》まり掴まり二つのバケツを海の上へ投げ出したが、その骨の一片が、波にぶつかって、又、兼の足元へ跳ね返って来た時、兼は真青になってその骨を引掴《ひっつか》むと危《あぶな》くツンノメリながら、
「南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》ッ……」
 と遠くへ投げた。
 それは兼の一生懸命の震え上った念仏らしかったが、とてもその恰好《かっこう》が滑稽《こっけい》だったので、見ていた俺はたった一人で腹を抱えさせられた。
 アラスカ丸は、それから何の故障もなくスラスラと晩香坡《バンクーバ》へ着いた。
 同じ波の上を、同じスピードで……馬鹿馬鹿しい話だが、まったくなんだ。
 ところで話はこれからなんだ。

 船長の横顔は見れば見るほど人間らしい感じがなくなって来るんだ。
 骸骨《コツ》を渋紙で貼《は》り固めてワニスで塗り上げたような黒光りする凸額《おでこ》の奥に、硝子玉《ガラスだま》じみたギラギラする眼球《めだま》が二個《ふたつ》コビリ付いている。それがマドロス煙管《パイプ》を横一文字にギューと啣《くわ》えたまま、船橋《ブリッジ》の欄干《てすり》に両|肱《ひじ》を凭《も》たせて、青い青い空の下を凝視しているんだ。その乾涸《ひから》びた、固定した視線の一直線上に、雪で真白になった晩香坡《バンクーバ》の桟橋がある。その向う一面に美しい燈火《ともしび》がズラリと並んでいようという……ところまで、やっと漕《こ》ぎ付けたんだがね。文字通りに……。
 その桟橋の上に群がっている人間は、五日ほど遅れて着いたアラスカ丸をどうしたのかと気づかって、待ちかねていた連中なんだ。
「S・O・Sの野郎……骸骨《ほね》になってまで祟《たた》りやがったんだナ……」
 船長《おやじ》が突然《だしぬけ》に振返って俺の顔を見た。白い義歯《いれば》を一ぱいに剥《む》き出して物凄《ものすご》く哄笑《こうしょう》したもんだ。
「アハハハハ。イヤ……面白い実験だったね。やっぱり理外の理って奴は、あるもんかなあ……タハハハ。ガハハハハハ……」



底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年3月24日第1刷発行
※表題の「難船小僧」には、「S・O・S・BOY」とルビがふられています。
入力:柴田卓治
校正:kazuishi
2004年6月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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