するものだ。
「……昨夜《ゆんべ》、陸上《おか》で妙な話を聞いて来たんですがね。今度お雇いになったあの伊那《いな》一郎って小僧ですね。あの小僧は有名な難船小僧っていう曰《いわ》く附きの代物《しろもの》だって、皆《みんな》、云ってますぜ」
俺はそう云いさしてチョックラ船長《おやじ》の顔色を窺《うかが》ってみたが、何の反応も無い。相も変らず茶色の謎語像《スフィンクス》みたいにプッスリしている。無愛相《ぶあいそう》の標本だ。
「あの小僧が乗組んだ船はキット沈むんだそうです。I《アイ》・INA《イナ》って聞くと毛唐《けとう》の高級船員なんか慄《ふる》え上るんだそうです。乗ったら最後どんな船でも沈めるってんでね。……だから今度はこのアラスカ丸が危《あぶね》えってんで、大変な評判ですがね。陸上《おか》の方では……」
これだけ云っても船長の渋紙面は依然として渋紙面である。ネービー・カットの煙《けむ》をプウと吹いた切り、軍艦みたいな顎《あご》を固定してしまった。しかし黒い硝子球《ガラスだま》は依然として俺の眼と鼻の間をギョロリと凝視している。モット俺の話を聞きたがっているらしいんだ。
「あの小僧は
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