兼公は居ねえかア……」
「おおおオ――……」
と隅ッコの暗い寝台棚《かいこだな》から、寝ぼけたらしい声がした。
「誰だあ……」
「おれだあ……」
「おお。地獄の親方さんか。これあどうも……」
「済まねえが一寸《ちょっと》、顔を貸してくれい」
「ウワアア。とうとう見付かったかね」
「シッ……」
と眼顔で制しながら兼公を水夫食堂へ誘い込んだ。天井の綱にブラ下りながら兼に金口煙草《きんぐち》を一本|呉《く》れた。兼はしきりに頭を掻《か》いた。
「どうも横浜《はま》じゃ、警察が怖《こ》わーがしたからね。つい秘密《ないしょ》にしちゃったんで……」
「石炭《すみ》運びの途中で殺《や》ったんか」
「図星《ずぼし》なんで……ヘエ。もっとも最初《はじめ》から殺《や》る気じゃなかったんで、みんながあの小僧は女だ女だって云いましたからね。仕事にかからせる前にチョット調べて見る気であすこに引っぱり込んだんで……ヘエ……」
「馬鹿野郎……そんで女だったのか」
「それがわからねえんで……あすこへ捻《ね》じ伏せて洋服を引んめくりにかかったら恐ろしく暴れやがってね」
「当前《あたりまえ》だあ……それからどうした」
「イキナリ飛び付きやがって、ここん処《とこ》をコレ……コンナに喰《く》い切りやがったんで……」
兼は菜葉服《なっぱふく》とメリヤスの襯衣《シャツ》をまくって、左腕の力瘤《ちからこぶ》の上の繃帯《ほうたい》を出して見せた。
「まだ腫《は》れてんで……ズキズキしてるんですがね……恐ろしいもんですね」
「間抜けめえ。そん時に手前《てめえ》裸体《はだか》だったのか」
「エヘヘヘヘヘ」
「変な笑い方をしるねえ。それからどうした」
「わっしゃカーッとなっちゃってね。コイツ奴《め》、降りるといったって他の船へ乗れあ、又、災難《わざ》をしやがるんだからここで片付けた方が早道だ。男だか女だか殺《おと》してから検査《しらべ》た方が早道だと思っちゃったところへ、血だらけの口をしたS・O・Sの野郎が、私の横ッ面《つら》へ喰い切った肉をパッと吹っかけて「悪魔」とか何とか悪態を吐《つ》きやがったんで……手前《てめえ》の悪魔は棚へ上げやがってね。……おまけに後で船長《おとっさん》に告訴《いいつ》けてやるから……とか何とか吐《ぬ》かしやがったんでイヨイヨ助けておけないと思って、首ッ玉をギューッと……まったくなん
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