で……ヘエ……」
「非道《ひど》い事をするなあ。そんで女だったかい」
「……それがその……野郎なんで……」
「プッ。馬鹿だなあ。それからどうしたい」
「それっきりでさ。……ウンザリしちゃって放《ほ》ったらかして来ちゃったんです」
「何故《なぜ》海に投《ほう》り込まねえ」
「それが誰にも見つからねえように放り込みたかったんで……親方や機関室《ダンブロ》の兄貴《あにき》達にも申し訳ねえし、おまけに上海《シャンハイ》で、あっしが談判に行った時に船長《おやじ》が入歯をガチガチさして、こんな事を云ったんです。あの小僧をタタキ殺すのに文句はないが……」
「チョット待ってくれ。たたき殺すのに文句はないって云ったんだね」
「そうなんで……しかし死骸は勿論、髪の毛一本でも外へ持ち出したら只《ただ》はおかないぞッ……てね。そう云って船長《おやじ》に白眼《にら》み付けられた時にゃ、あっしゃゾッとしましたぜ。あんな気味の悪い面《つら》ア初めてお眼にかかったんで……ヘエ……まったくなんで……」
「フーム。妙な事を云ったもんだな」
「そう云ったんで……何だかわからねえけども……万一見付かって首になっちゃ詰まらねえ。事によるとあの二|挺《ちょう》のパチンコで穴を明《あ》けられちゃ叶《かな》わねえと思って、そのまんまにしといたんです。まったくなんです」
「案外意気地がねえんだな……手前《てめえ》は……」
「まったくなんで……それからっていうものあの死骸の事が気になって気になって今日は運び出そうか、明日《あす》は片付けようかと思ううちに、だんだん船にケチが附いて来るでしょう……死骸は腐って手が付けられなくなって来るし、わっしゃもう少しで病気になるところだったんで……もう懲《こ》り懲《ご》りしました。どうぞ勘弁《かんべん》しておくんなさい。あやまっても追付《おっつ》くめえけんど……」
「ハハハ。そんな事《こた》アもうどうでもいいんだ。今日は文句はねえ。手前《てめえ》行って大ビラであの死骸《コツ》を片付けて来い。船長《おやじ》には俺が行って話を付けてやる」
「ヘエッ。本当ですかい親方ア」
「同じ事を二度たあ云わねえ」
「……ありが……ありがとう御座《ござ》んす。すぐに片付けます。……ああサッパリした」
「馬鹿野郎……片付けてからサッパリしろ」
兼はS・O・Sの金モールの骸骨《コツ》を胴中《どうなか》か
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