アタマだよ。
 そうした一種の鬼気《すごみ》を含んだ船長の顔と、部屋の隅でバナナを切っている伊那少年の横顔を見比《みくら》べると、まるで北極と南洋ほど感じが違う。
 毬栗《いがぐり》の丸い恰好《かっこう》のいい頭が、若い比丘尼《びくに》みたいに青々としている。皮膚の色は近頃流行のオリーブって奴だろう。眼の縁《ふち》と頬《ほお》がホンノリして唇が苺《いちご》みたいだ。睫毛《まつげ》の濃い、張りのある二重瞼《ふたえまぶた》、青々と長い三日月|眉《まゆ》、スッキリした白い鼻筋、紅《あか》い耳朶《みみたぼ》の背後《うしろ》から肩へ流れるキャベツ色の襟筋《えりすじ》が、女のように色っぽいんだ。青地に金モールの給仕服《ユニフォーム》が身体《からだ》にピッタリと吸付《すいつ》いているが、振袖《ふりそで》を着せたら、お化粧をしなくとも坊主頭のまんま、生娘《きむすめ》に見えるだろう。なるほど毛唐《けとう》が抱いてみたがる筈だ……と思っているトタンに、白いバナナの皿を捧げた小僧がクルリとこっち向きになって頭を一つ下げた。俺の顔を、憐《あわ》れみを乞《こ》うようにソッと見上げた。それから恋人に出会った少女みたいな桃色の、悩ましげな微笑を一つニッコリとして見せたもんだ。
 俺はゾッとしてしまったよ。……まったく……魔物らしい妖気が、小僧の背後《うしろ》の暗闇《くらやみ》から襲いかかって来たように思ったもんだよ。
 俺は紅茶もバナナも良《い》い加減にして故郷の地獄……機関室へ帰って来た。今にも「オホホホ」と笑い出しそうな人形じみた小僧の、変態的な愛嬌顔《あいきょうづら》と向い合っているよりも、機関室の連中の真黒な、猛獣|面《づら》と睨《にら》み合っている方が、ドレ位気が楽だか知れないと思って……。

 ところが機関室に帰ってみると船員の伊那少年に対する憎しみが……否《いな》、恐怖が、予想外に酷《ひど》いのに驚いた。船長《おやじ》が是非ともあの小僧を乗組ませると云うんならこっちでも量見がある……というので大変な鼻息だ。水夫《デッキ》連中は沖へ出次第に小僧を餌にして鱶《ふか》を釣ると云っているそうだし、機関室の連中は汽鑵《ボイラ》に突込《つっこ》んで石炭の足しにするんだと云ってフウフウ云っている。海員なんてものはコンナ事になると妙に調子付いて面白半分にドンナ無茶でも遣《や》りかねないから困るがね
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