がみんな死なないようにして下さいませ」
といいました。
「ウン、そうか。それは一番|易《やす》いことだ」
と無茶先生は笑いながら云いました。
「サア。みんな、ここへ来て並べ」
と家《うち》中のものを眼の前に呼び寄せて、ズラリと並ばせました。
「サア、どうだ。みんな、死なないようにしてもらいたいか」
と尋ねますと、みんなそろって畳に頭をすりつけて、
「どうぞどうぞ死なないようにして下さいませ」
と拝みました。無茶先生は大威張りで、
「よし。そんなら何万年経ってもきっと死なないようにしてやる。その代り、おれの云うことをみんなきくか」
「ききますききます。私もどうぞヒョロ子と一所に何万年経っても死なないようにして下さい」
と、豚吉まで一所になって拝みました。
無茶先生は大笑いをしまして、
「アハハハハハ。貴様たちもそんな片輪でいながら死にたくないか。よしよし、それではみんなと一所におれの云うことをきけ。いいか。今からおれが歌うから、貴様たちはみんなそれに合わせて手をたたいて踊るのだ。その踊りが済めば、おれが一人一人に死なないように療治をしてやる」
と云いながら、無茶先生は又一つの樽に口をつけて、中のお酒をグーッと飲み干します。と今度はその次の樽をあけて、みんなに思う様《さま》飲ませました。中にはお酒の嫌いなものもありましたが、無茶先生のお医者が上手なことを知っておりますから、これを飲んだら死なないようになるに違いないと思いまして、一生懸命我慢してドッサリ飲みましたので、みんなヘベレケに酔っ払ってしまいました。そうして無茶先生に、
「早く歌を唄って下さい。踊りますから」
と催促をしました。
無茶先生は拳固《げんこ》で樽をポカンポカンとたたきながら、すぐに大きな声で歌い出しました。
「酒を飲め飲め歌って踊れ
人の生命《いのち》は長過ぎる
生れない前死んだらあとは
何千何万何億年が
ハッと云う間もない短さを
生きている間に比べると
人の生命《いのち》の何十年は
長くて長くてわからぬくらい
飲めや飲め飲め歌って踊れ
人の一生は長過ぎる
生れてすぐ死ぬ虫さえあるに
人の一生はちと長過ぎる
酒を飲め飲め歌って踊れ
飲んで歌って踊り死ね
サッサ飲め飲め死ぬ迄飲めよ
サッサ歌えや死ぬまで歌え
サッサおどれよ死ぬまで踊れ
一度死んだら又死なぬ」
「イヤア、こいつは面白い。素敵だ素敵だ」
と、酔っ払った豚吉がまっ先にドタドタ踊り出しますと、宿屋の主人もお神さんも、番頭や女中や子供までも、酔っ払ってはねまわります。しまいにはヒョロ子まで立ち上って、無茶先生のまわりをぐるぐるまわりながらヒョロリヒョロリと踊ってゆきます。大変な騒ぎです。
しかも一まわり歌が済む度毎《たびごと》に、無茶先生はお茶碗で一ぱい宛《ずつ》みんなにお酒を飲ませますので、酔っ払った人たちはなおのこと酔っ払って踊ります。そのうちにみんな疲れてヘトヘトになって、あっちへバタリ、こっちへバタリたおれて、とうとうみんな動けなくなってしまいまして、みんな虫の息で、
「もう、とてもお酒は飲めませぬ」
「踊りも踊れませぬ」
「早く死なないようにして下さい」
と頼みました。
その様子を見ると、無茶先生は歌をやめて、腹をかかえて笑い出しました。
「アハハハハ……面白かった。とうとうみんなおれに欺されて、動くことが出来なくなったな。それでは一つ死なないようにしてやろうか」
と云いながら、鞄の中から鉄槌《かなづち》を一つ取り出しました。
それを見ると豚吉は驚いて尋ねました。
「その鉄槌で何をなさるのですか」
「これでみんなの頭をたたき割って殺して終《しま》うのだ。いいか。一度死んでしまえば、今度はお前たちの望みどおりいつまでも死なないのだぞ。サア、覚悟しろ」
と云うや否や鉄槌をふり上げて睨みつけますと、酔っ払って動けなくなっていた宿屋の主人もお神さんも、番頭も女中も子供も一時に飛び起きて、
「ワア。人殺し」
と叫ぶと、吾れ勝ちに梯子段のところへ来て、あとからあとから転がり落ちて逃げてゆきました。只あとには、豚吉とヒョロ子だけが残っております。
無茶先生は豚吉のそばへ寄りまして、
「ウム、感心感心。貴様はこの鉄槌でなぐられたいのか」
と云いますと、今まで真赤に酔っていた豚吉は、真青になってふるえながら拝みました。
「オ、オ、お助けお助け。ワ、ワ、私は、コ、コ、腰が抜けて、ウ、ウ、ウ、ウ、ウ、動かれないのです」
と涙をポロポロこぼしました。
「ワハハハハハ。いつも意久地《いくじ》の無い奴だ。じゃあヒョロ子、お前はどうしたんだ。やっぱり腰が抜けたのか」
とゆすぶって見ましたが、もうグーグーとねむってしまって返事もしません。
「アハハハハ。そんなに沢山飲みもせぬのにヒドク酔っ払ったな。よしよし。そのまんま寝ていろ。コレ、豚吉、心配するな。今云ったのはおどかしだ。お前たちを殺そうなぞと俺が思うものか。出来ないことを頼むから、ちょっと胡魔化《ごまか》して踊らせてやったのだ」
「エッ。それじゃ今のは冗談ですか」
「そうだとも」
「ああ、安心した。それじゃもっとお酒を飲みます」
「サア飲め、沢山ある。おれも飲もう」
と、二人で樽を抱えてグーグー飲んでいるうちに、いつの間にか酔い倒れてしまいました。
やがて夜が更けて、家中が静かになって鼾《いびき》の声ばかりきこえるようになりますと、表の方へゾロゾロゾロゾロと沢山の靴の音がきこえて来ましたが、その時ふッと眼をさました無茶先生が、何事かと思って雨戸のすき間からのぞいて見ますと、それは隣の町から無茶先生たちを捕えに来た兵隊の靴の音で、見る見るうちに三人の泊っている宿屋は兵隊に取り巻かれてしまいました。しかもその兵隊達はみんな、無茶先生の香水を嗅がせられて嚔《くしゃみ》の出ないように、鼻の上から白い布片《ぬのきれ》をかぶせて用心をしています。
それを見ると無茶先生は可笑《おか》しいのを我慢しながら、
「よしよし。きのうおれに香水を嗅がされて死にそうになったので、魔法使いだと思って捕えに来たのだな。しかも鼻ばかり用心して来るなんて馬鹿な奴だ。そんならも一度驚かしてやる」
と独言《ひとりごと》を云って、鞄の中から小さな瓶を取り出して、中に這入っていた粉薬を傍《そば》にあった火鉢の灰の中へあけて、スッカリ掻きまわしてしまいました。
それから今度は下へ降りて、宿屋の台所へ行って塩を沢山と、物置へ行って六尺棒を一本と、大きな鋸《のこぎり》を一梃と、縄の束を一把と取って、又二階へ帰りますと、何も知らずに寝ているヒョロ子と豚吉にシビレ薬を嗅がせ初めました。
宿屋を取り巻いた兵隊達は、鼠一匹逃がすまいと鉄砲を構えて待っております。
その中の大将は、出来るだけそっと表の戸をコジあけさせて、兵隊を四五人連れて宿屋の中に這入って、主人の寝ている枕元に来ますと、靴の先でコツコツと蹴って起しました。
お酒に酔っていい心持ちで寝ていた宿屋の主人は、何事かと思って眼をさましますと、自分の枕元に怖い顔をした大将と、鉄砲を持った兵隊が四五人立っていますので、夢ではないかと眼をこすって起き上りました。
その時大将は腰のサーベルを見せながら、
「大きな声を出すと斬ってしまうぞ。只おれが尋ねることだけ返事しろ。貴様の処には髪毛や髭を蓬々と生やした真裸《まっぱだか》の怖い顔の男と、背の高い女と低い男の三人が昨夜から泊まっているだろう」
「ヘヘイ」
と、宿屋の主人は寝床の上に手を突いて、ふるえながら返事をしました。
「その三人をおれたちは捕えに来たのだ。さあ、そいつどもの居る室に案内をしろ」
「カ、カシコマリマシタ」
と、宿屋の主人はガタガタふるえながら立ち上って、階段を先に立って上りました。
大将はサーベルをギラリと抜いて兵隊に眼くばせをしますと、兵隊も鉄砲に剣をつけてあとから上って行きました。
そうして三人の寝ている室の前まで来ますと、主人も大将も兵隊達もめいめいに室の裏と表にわかれて、戸や障子のすき間から中の様子をのぞきましたが、みんなハッと肝を潰しました。
無茶先生は、睡っているヒョロ子と豚吉を二人共丸|裸体《はだか》にして、手は手、足は足、首は首、胴は胴に鋸でゴシゴシ引き切って、塩をふりかけて、傍にある空樽の中へ漬物のように押しこんでいます。そうして、一つの樽が一パイになると、又次の樽に詰めて、六つの樽を一パイにしますと、それぞれに蓋をして縄で縛り上げて、二つにわけて六尺棒の両端に括《くく》り付《つ》けました。
それから鞄から眼鏡を取り出してかけると、その鞄も一所に棒にくくり付けてしまって、火鉢の傍にドッカリと座りながら、
「サア来い。エヘンエヘン」
と咳払いをしました。
大将はこの様子を見るといよいよ驚き怖れましたが、思い切って大きな声で、
「サア、皆。魔法使いを捕えろッ」
と怒鳴りますと、四五人の兵隊は一時に室の裏表からドカドカと飛び込みましたが、無茶先生は驚きません。大きな声で笑いました。
「アハハハ。何だ、貴様たちは」
「兵隊だ」
「何しに来た」
「貴様たち三人を捕まえに来た」
「お前たちの鼻の頭にかぶせた布片は何だ」
「これは昨日《きのう》のように貴様に香水を嗅がせられない要心だ」
「アハハハハ。いつおれが貴様たちに香水を嗅がせた」
「この野郎。隠そうと思ったって知っているぞ。貴様は無茶先生だろう」
「馬鹿を云え。おれは塩漬け売りだ。この通り荷物を作って、夜が明けたらすぐに売りに出かけようとするところだ。第一、貴様たち三人を捕えに来たと云うが、この室中にはおれ一人しか居ないじゃないか。ほかに居るなら探して見ろ」
と睨み付けました。その時
「嘘だッ」
と雷のように怒鳴りながら大将が飛び込んで来ました。
飛び込んで来た大将は刀をふり上げながら、無茶先生をグッと睨み付けました。
「この嘘|吐《つ》きの魔法使いめ。貴様が今しがた人間を塩漬けにしていたのを、おれはちゃんと見ていたぞ。そうして、一人しか居ないなぞと胡魔化そうとしたって駄目だぞ」
「アハハハハ。見ていたか」
と無茶先生は笑いました。
「見ていたのなら仕方がない。いかにもおれは自分が助かりたいばっかりに、二人の仲間を殺して塩漬けにしてしまった。サア、捕えるなら捕えて見ろ」
「何をッ……ソレッ」
と大将が眼くばせをしますと、大将と兵隊は一時に無茶先生を眼がけて斬りかかりましたが、彼《か》の時遅くこの時早く無茶先生が投げた火鉢の灰が眼に這入りますと、大将も兵隊も忽ち眼が見えなくなって、一時に鉢合せをしてしまいました。
「これは大変」
と逃げようとしましても逃げ道がわかりません。壁や襖《ふすま》にぶつかったり、樽に躓《つまず》いたりして、転んでは起き、起きては転ぶばかりです。
「ヤアヤア。大変だ大変だ。又魔法使いの魔法にかかった。みんな来て助けてくれ助けてくれ」
と大将が叫びますと、無茶先生も一所になって、
「助けてくれ助けてくれ。みんな来いみんな来い」
と叫びます。
これを外できいた兵隊たちは、
「ソレッ」
と云うので吾れ勝ちに家《うち》の中へ駈け込んで、ドンドン二階へ上って来ましたが、みんな無茶先生から灰をふりかけられて盲になってしまいます。そうして、とうとう家中は盲の兵隊で一パイになってしまいました。
「サア、どうだ。みんな眼が見えるようになりたいなら、静かにおれの云うことをきけ」
と、その時に無茶先生が怒鳴りますと、今まで慌《あわ》て騒《さわ》いでいた兵隊たちはみんな一時にピタリと静まりました。
「いいか、みんなきけ。今から一番|鶏《どり》が鳴くまでじっと眼をつぶっていろ。そうすれば眼が見えるようになる。おれはこれから二人の塩漬けの人間を生き上らせに行くんだ。邪魔をするとおれの屁《へ》の音をきかせるぞ。おれの屁の音をきくと、耳がつぶれて一生治らないのだぞ。ヤ、ドッコイショ」
と云ううちに、二
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