ません。婆さんに腕を掴まれたまま静かに云いました。
「そんなわからないことを云うものではありません。私たちはあの橋を渡らずにここまで来たのです。橋を渡っていませんから、お金も払わなくていいでしょう」
と云いましたけれども、お婆さんはなかなか承知しません。
「いけないいけない。何でもお金を払わなければいけない」
と大きな声を出しました。
さっきからこの様子を見ていたお役所の役人は、あんまり夫婦の姿が珍らしいので、みんな出て来て三人のまわりを取巻いてしまいました。そうするとお婆さんは益《ますます》勢《いきおい》付いて、やっぱりヒョロ子の腕を掴んだまま怒鳴り立てました。
「お役人様。この夫婦は泥棒ですよ。橋賃を払わずにこの橋を渡ったのです」
「いいえ、違います」
と、流石《さすが》に堪忍《かんにん》強いヒョロ子にも我慢しきれなくなって云いました。
「あなたが初め私達二人に倍のお金を払えと云ったから、私たちは河を渡ったのです」
「ウン、そんなら橋賃は払わなくてもいい」
と、一人の年|老《と》った役人が云いました。これをきくとお婆さんは一層怒って、
「ええ、口惜《くちお》しい。あなた方
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