ばかりあるいていれば、これ位のん気なしあわせなことははいではないか」
「エッ……先生、それでは私たちは一生こうして山の中ばかり歩いていなければならないのですか」
 と豚吉は叫びました。
「ああ。何という情ないことでしょう。私はもう笑われても構いませぬ。何故《なぜ》逃げ出したと叱られても構いませぬ。早くうちへ帰ってお父様やお母様にお眼にかかりとう御座います。どうぞどうぞ先生、私たちへうちへ帰る道を教えて下さいませ」
 と、二人共地びたに坐わって、泣きながら無茶先生を拝みました。
 そうすると無茶先生も立ち停まって、ジッと二人を見ていましたが、又怖い顔をして、
「それは本当か」
 と尋ねました。
「本当で御座います本当で御座います。もうどんなことがあっても、両親や友達を欺して村を逃げ出したりなんぞしません」
「きっときっと親孝行を致します」
 と、豚吉もヒョロ子も、涙をしゃくりながら無茶先生にあやまりました。
 無茶先生はその時初めてニッコリしました。
「それをきいて安心した。おれは、お前たちが両親や友達にかくれて逃げて来たものだとわかったから、罰を当てたのだ。お前たちの身体《からだ》をどんなに立派に作りかえても、心が立派にならなければ何もならないと思ったから、わざと両親が恋しくなるようにこんな山の中をいつまでも引っぱりまわしたのだ。けれどもお前たちがそんな心になれば、いつでもお前達の身体《からだ》を立派な姿にしてやる。ちょうどいい。もう山奥は通り過ぎて人間の居る村に近付いている。あれ、あの音をきいて御覧」
 と向うの方を指しました。
 無茶先生が指した方を向いて豚吉とヒョロ子が耳を澄ましますと、一里か二里か、ズッと向うの方から、
「テンカンテンカンテンカンテンカン」
 と鍛冶屋の音がきこえます。
「アッ、鍛冶屋の音が!」
「人間が居る」
 と、二人は飛び上って喜びました。そうして無茶先生と一所に大急ぎでそちらへ近づきましたが、やがてとある崖の上へ出ますと、向うは一面の田圃《たんぼ》で、すぐ眼の下には川が青々と流れて、その流れに沿うた道ばたの一軒の家から、最前の鉄槌《かなづち》の音が引っきりなしにきこえて来ます。
「ヤア。ちょうどいい処にあの鍛冶屋はあるな。よしよし、あの家を借りてお前たちを立派な姿に作りかえてやろう。ちょっと待て。あの家《うち》の様子を見て来るから」

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