、泣きそうな顔になりました。
「けれども先生、私たちはこんなに裸体《はだか》になりましたがどうしましょう。このまま道は歩かれませぬが、どことかに着物はありませぬでしょうか」
「まあ、待て待て」
と無茶先生はニコニコ笑いました。
「そんなに心配するな。ここは山奥だから誰も見はしない。だから恥ずかしいこともないのだ。お前たちの身体《からだ》がどんなに長くても短くても笑うものは無いのだ。それよりもおれについて来い。これから長い長い旅をするのだ。そうするとおしまいにいい処へ連れて行ってやるから」
と云ううちに先に立って歩き出しました。
豚吉とヒョロ子は無茶先生のあとからついてゆきますと、無茶先生は包みを一つ抱えたまま先に立って、二人をだんだん山奥へ連れてゆきました。そのうちにお腹が空《す》きますと、ちょうど秋の事で、方々に栗だの柿だの椎《しい》だの榧《かや》だのいろんな木の実が生《な》っております。それを千切ってたべては行くのでしたが、都合のいい事はヒョロ子が当り前の人の二倍も背が高いので、いつも三人が食べ切れない程木の実を千切ることが出来ました。
そのうちになおなお山奥になりますと、鳥や獣《けもの》が人間を見たことがないので珍らしそうに近寄って来ます。そうしてしまいには、友達のように身体《からだ》をすりつけたり、頭にとまったりするようになりました。そんなのにヒョロ子は千切った木の実を遣りながら、
「まあ、先生。ここいらには猪や鹿がこんなに沢山居るのですね」
と云いましたので、無茶先生も豚吉も大笑いをしました。
こんな風にして何日も何日も旅を続けてゆくうちに、或る日ヒョロ子はシクシク泣き初めましたので、無茶先生がどうしたのかとききますと、ヒョロ子は涙を拭いながら、
「お父さんやお母さんに会いたくなりましたのです」
と申しました。それをきくと豚吉も一所に泣き出しました。
「私も早くうちへ帰りとう御座います。たった三人切りでこんな山の中をあるくのは淋しくて淋しくてたまりません」
「馬鹿な」
と、無茶先生は急に怖い顔になって二人を睨みつけました。
「何をつまらんことを云うのだ。お前たちは自分の姿を人が見て笑うのがつらいから村を逃げ出して来たのじゃないか。こうして山の中ばかりあるいていれば誰も笑う者が無いから、おれはお前たちをここへ連れて来たのだ。こうして一生山の中
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