無茶苦茶漬けやアイ」
とあるいているうちにだんだんと夜があけますと、いつの間にか道が間違って大変な山奥に来ています。
「イヤア、こいつは驚いた。酔っているものだから飛んでもないところへ来てしまった。これじゃ、いくら怒鳴ったって誰も買い手が無い筈だ。ああ、馬鹿馬鹿しい。ああ、くたぶれた。第一こんなに重くちゃ、これから担いでゆくのが大変だ。一つ生き上らして、自分で歩かしてやろう」
といいながら、無茶先生は二人を塩漬けにした樽を担いで、谷川の処へ降りて来ました。
無茶先生は山奥の谷川の処まで来ますと、お酒の樽の蓋をあけて、中から豚吉とヒョロ子の手や足や首や胴を取り出して、谷川の奇麗な水でよく洗いました。
それから鞄をあけて一つの膏薬《こうやく》の瓶を出して、切り口へ塗って、豚吉は豚吉、ヒョロ子はヒョロ子と、間違えないようにくっつけ合わせて、そこいらにあった藤蔓《ふじづる》で縛ってしばらく寝かしておきますと、やがて二人ともグーグーといびきをかき初めました。
その時に無茶先生は、谷川のふちに生えていた細い草の葉を取って、二人の鼻の穴へソッと突込みますと、二人共一時に、
「ハックションハックション」
と嚔をしながら眼をさまして、起き上りました。
「ヤア。お早う」
と無茶先生が声をかけますと、二人とも眼をこすりながら、
「お早う御座いますお早う御座います」
とお辞儀をしましたが、又それと一所に二人とも飛び上って、
「アア、大変だ。咽喉《のど》がかわく咽喉がかわく。ああ、たまらない。腹の中じゅう塩だらけになったようだ」
「私も口の中が焼けるようよ。ああ、たまらない」
といううちに、二人とも谷川の処へ駈け寄って、ガブガブガブガブと水を飲み初めました。
「アハハハハハ」
と無茶先生は笑いました。
「咽喉《のど》がかわく筈だ。お前たちは塩漬けになっていたんだから」
「エッ。塩漬けに……」
と二人共ビックリして、水を飲むのを止めてふり向きました。
「ああ。おれはお前たちをこの樽に塩漬けにして、おれはやっとここまで逃げて来たんだ」
と、無茶先生が今までのことを話しますと、二人は夢のさめたように驚きました。そうして、いよいよ無茶先生のエライことがわかりまして、その足もとにひれ伏してお礼を云いました。
しかし、やがてヒョロ子は自分の身体《からだ》のまわりを見まわしますと
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