いところだ――彼女の血色、表情、身体《からだ》のこなし等から見て、彼女は恐ろしい男喰いとしか思えない――彼女は自分の不行跡を蔽い隠すために享楽団を作っているのだ――享楽団員は彼女のお下りを頂戴して、彼女の享楽の後始末をつけてやっているのだ――そこに彼女の表情上手な性格から来た極端な社交性と、その深刻な個人主義とが生きているのだ――。
 ――と反駁する人があれば、記者は否定する材料を一つも持たない。
 彼女の団体は他の不良少年団と協力して悪い事をするとの噂もある。しかし、彼女の怜悧さ、警戒心の強さ、又はそのプライドの高さから見て、そんな事は有り得まいと思う。
   ……………………
 記者はこれだけの材料を集めると、もう一歩も進み得なくなった。いろいろと考えた揚句、警視庁に出かけて彼女の事を暗示して見た。しかし、警視庁の二三の人は、そんな真面目な学校に、そんな生徒が居られるだろうかというような、疑いの眼付きで記者を見た。却《かえっ》て震災後のいろんな犯罪の統計や報告を作るのに忙しいように見えた。
 記者は失望して引き退った。その翌々日、「東京全部」に見切りをつけて郷里へ帰ってしまった。
 因《ちなみ》に、去る二月頃、東京で捕まった不良少年少女の一団の中には、彼女の名は無かった。彼女はもう無事に卒業しているかも知れぬ。
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   結論



     東京人の堕落に対する各方面の驚きの声

 以上は、東京人の堕落に就いて見聞した事実の概要である。誇張されたらしい噂や誤聞を避けたため、材料が不徹底に感ぜられたところもあったろう。又は、書いているうちに旧聞になって、読者のお笑い草になった箇所もあったろう。
 併《しか》し同時に、本紙がこの稿の過半を掲載し終えた頃から、東京の各方面に於て、「東京人の堕落」に関する驚きの声が俄然として起り始めた事は、予期していた事とはいえ、記者の報道が如実に裏書された点に於て満足を感じないわけには行かなかった。
 同時に別の意味で、記者は頗《すこぶ》る不満に感じた点があった。それ等の報道の大部分が、東京の堕落を説明するのに、恰《あたか》も東京の「堕落の甚だしさ」を、恰も東京の「文化の向上した程度」を示す者であるかのように、寧《むし》ろ誇りかに叙している点であった。
 記者は明言する。
 東京人の堕落は東京の文化の向上を意味するものでない。却《かえっ》て東京の文化の滅亡頽廃を表明しているものであることを。
「東京人の堕落時代」の一篇を読んだ人々は、この意味を正しく理解されたことであろうと信ずる。そうして、東京人の堕落がどんな色彩と傾向を帯びて移りかわっているかという事を、多少に拘らず知り得たであろうと思う。

     東京の名に於て踏み潰された日本の面目

 明治維新後六十年に近く、日の丸の旗の下に、あれだけの犠牲と努力とを払って築き上げられた、吾が大和民族の文化の中心は、一朝の地震で「ゼロ」にまでたたき潰されてしまった。あとには唯浅ましい本能だけが生き残って、大正十三年以降の大堕落時代を作ったのであった。
 これは日本人として――殊に文化という事に就て考える人達が、特にその眼を見開いて、徹底的に観察せねばならぬ大きな出来事であろうと思う。
 大正十二年の夏まで、日本を背負って立つ意気を示しているかのように見えた江戸ッ子の、現在の屁古垂《へこた》れ加減を見よ。
 そうして、これに取って代った新東京人の風俗のだらし[#「だらし」に傍点]なさ加減を見よ。
 その武威に、その文化に、東洋の新興民族として、全世界の眼を瞭《みは》らした日本人の化の皮は、その首都の名に於て、美事に引っ剥がされてしまったのであった。
 彼等東京人の云う忠君愛国、勤倹尚武、仁義道徳は皆虚偽であった。
 彼等東京人の持つ外国文化の驚くべき吸収力、その不可思議な消化力、並びにその文化方面の宣伝力……それ等は只一時の上辷りのカブレに過ぎなかった。
 彼等東京人は文化民族としての日本人の価値を、真実の意味で代表していたものではなかった。
 彼等東京人が真実に模倣し得るものは、只外国文化の堕落した方面のみであった。彼等が本当に持っているものは、唯浅ましい本能だけであった。
 東京人は、日本中で先登《せんとう》第一に、アメリカ魂、イギリス魂、独逸《ドイツ》魂、ロシア魂のすべてにカブレて、そのどれにもなり得なかった。只、大和魂をなくしただけであった。そうしてそのあとに、浅薄な意味の文化的プライドに包まれた、低級な本能だけを保有しているに過ぎなかった。だからイザとなると、今までのプライドをなくしてしまって、禽獣の真似をして恥じないのであった。
 ――新しい東京の女の美しさは鳥の美しさである。その無自覚さと口巧者《くちこうしゃ》さは、鳥の
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