に願いたいので御座いますが……」
 記者はこのほかに二三、田宮夫人からの話をきいて引上げた。
 心から感謝の辞を述べて……。

     不良少女享楽団長

 ××女学校の名は日本中に響いている。畏《かしこ》きあたりの御おぼえ目出度い某名流夫人が創立して以来数十年、今年の某月某日、やんごとなき方々の台臨を仰いだ程の学校である。七百余人のお嬢さんに一定の制服を着せて、頭髪《かみ》の結び方まで八釜しく云っている。設備の完備している事は東都の私立女学校でも有数である。
 その上級生に和田(仮名)という生徒が居る。
 背丈けはあまり高くなく、どちらかと云えば痩ギスで面長である。心持ち眼が下がっているのと、眉毛の細くて長いのが特徴といえば特徴であるが、鼻は尋常である。全体に美人《シャン》という程でもなく不美人《ウンシャン》という程でもない。只平凡な可愛い顔である。
 陸軍中将か何かの未亡人の独り子で、学校の成績は中位、持ち物や髪の結い方等も質素だから、大勢の中に居ると一寸探し出し難い位である。
 しかし、彼女の行動を見ると、不思議に思われる事がいくつも出て来る。
 第一、彼女の顔は極めて平凡で、これという特徴は一つも無いが、一度見たら永久に忘れられぬ程印象が深い。相手の心に何物かを遺さねば措かぬといったような気味合いがある。これは同窓の生徒同志でも不思議がっている事である。
 彼女は平凡な顔でありながら、表情が極めて上手である。送別会とか何とかいう会合に出ると、あまり嫌みを見せずに盛に切ってまわす。一高生徒の会合なぞに臆面もなく乗り込んで、カルメンと持てはやされるというが、彼女以外にそんな大胆な手腕を揮い得る少女は滅多にあるまいと考えられる。
 彼女は全校の生徒七百の中《うち》二三十人の友達を持っているが、その友達との交際振りがまた一種特別である。どんな事かわからぬが、彼女の命令に従う少女を彼女は手を尽して可愛がる。これに反して、彼女の命令に従わぬ少女は、自分の持ち物を持たせたり何かして、云うに云われぬ虐待をする。だから彼女の友達は彼女の思い通りにかわって行く。
 彼女の学校の帰り途を知っているものは一人も無い。昨日《きのう》は西、今日は東と、まるで方向違いの道をどこへか消えて行く。全くどこへ行くのかわからぬ。
 彼女は丸い、黒い、径二寸位の化粧箱を持っている。中には頬紅と白粉《おしろい》が這入っている。頗るハイカラなもので、一個九円である。某化粧品屋の特製とかで(この間福岡の新道《しんみち》で只一個見かけたが、価格は四円五十銭と云った。安くなったと見える。しかも、その後二三日して行って見たら売れていた)、あまり方々で売っていない。これは東京随一の不良少女享楽団が全部揃いで持っているもので、どこかに合印《あいじるし》か何かあるらしいがハッキリとわからない。
 彼女のこうした振舞は、いつの間にか学校生徒の大部分に知られてしまっている。誰も彼女の本名を呼ぶものはない。「団長」とか「団長さん」とか蔭で云って敬遠している。
 彼女が支配している享楽団の性質を探って見ると、更に奇怪なことが多い、
 第一、享楽団という名前が随分古くからあるが、これは仮りにその団体の正体を指した通り名で、実際は始終名前を換えているらしく、何を目標に、どこで会合しているのか、記者の力では探り得なかった。彼女はいつも一人で、いろんな男の学校の生徒の会合、慈善市、又は東京市内の方々で催される展覧会、その他あらゆる会合に関係をつけて出席しては、気の利いた社交振りを見せているが、彼女の助手や部下がその裡面でどんな活躍をしているかは露程も感付かせぬ。彼女から、自分の身元の何から何まで探られていながら、気付かぬ男が随分多いという。
 彼女はそんな方面に素晴らしく明晰な頭脳を持っているらしい。
 彼女の支配する不良少女の団体は水も洩らさぬ活躍ぶりを示すが、その仕組みは皆彼女の胸三寸から出るらしく、彼女以外の団員の姿は一人も見えない。いつも彼女は一人ぼっちの少女のように見える。
 享楽団というのは、名の通り少女達が男性を誘惑して享楽する団体で、それ以外の事は何もしないらしい。只、その仕事が組織的にキビキビしているために有力な不良少女団と認められている。その組織の中心はいつも彼女である。彼女は片っ端から少女を誘惑して団員とし、一方から望み次第に若い男性を引っぱって来てその少女に宛がって享楽させる。しかも彼女自身は割りにその方面に超然としているらしく、さればといっていい人があるようにも見えぬ。
 どちらかと云えば八方美人にも見えるし、一種の変態性欲主義者ではないかと思われる。又は、そうした悪魔的の仕事その物の興味に満足しているに過ぎぬのではないかと思われる節もある。
 ――そこが彼女の凄
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