無自覚と口巧者そっくりである――。
――新しい東京の男のエラサは獣《けもの》のエラサである。その無作法さ、図々しさは、獣《けもの》の不作法さ、図々しさと撰ぶところない――。
これは記者が作った形容詞ではない。東京人が実地にやって見せている実況である。
一切の説明を超越した「事実」である。
この事を報道し、且つ警告したいために、記者はこの筆を執った。
地方の人々は考えて頂きたい。
特に東京を吾が日本民族のすべての中心とあおぐ大人諸氏、及び「東京に行きたい東京に行きたい」とあこがれ望む地方の若い人々は、今一度考え直して頂きたい。
諸君は何故にそんなに東京を尊敬されるか。東京のどこにそんな価値を認められるか。
東京は事務を執りに行く処という。しかし厳密に云えば、東京は事務を堕落させに行く処と断定すべきである。
地方から起った神聖な精神的運動、又は真剣な殖産興業等の事業は、それ等が土地で企画されているうちは、まことに真剣で且つ純真であるが、一度東京に持ち込まれると、忽ちその真剣味が抜き取られて、空虚な、不真面目な、汚らわしいものと化せられてしまう。
東京には、地方から上って来る純真なもの、生き生きしたもの、又は充実したものを取って喰う商売人が、お互に爪を研ぎ、牙を磨いて、雲霞の如く待ち構えている。否、「東京」は、そのような無残なもののすべてを人格化した「悪魔」の別名である。
地方から上京した真剣な事業や運動が、東京と名乗る悪魔の乾児《こぶん》たる横道政治家の金儲けの種、高等遊民の飯喰い種として、片っ端から犠牲とされ、腐敗堕落させられて行く有様は、恰も地方から上京する青年処女の純真な志が、東京に入ると忽ち不浄化され、頽廃化させられてしまうのと同様である。否、すべての事は、東京に入って堕落させられなければ、本場を踏んだと云われない。東京の「腐敗」そのもの以上に「腐敗」しなければ、日本第一流と云われないとさえ考えられる。
日本人に対する東京の不浄な使命
茲《ここ》に於て、東京の所謂「生存競争」なるものは、事実上、「腐敗堕落競争」である事が容易《たやす》く理解されるであろう。
学問とても同様である。地方の少年少女は東京を学問の府としてあこがれている。しかし、東京の学校のどこに、地方の学校のような純真なる風が認められるか。
この事を詳しく説明すると限りもないが、多少脱線の嫌いがあるから略するとして、要するに東京は、学者として、又は学生として摺《す》れっ枯《か》らしに行く処である。もしくはいろんな風潮にカブレて、自分の学問の根底を握る精神力を空《から》っぽにしに行く処である。少くとも東京の学校の学生と教師は、日本を指導する意気はない。学者も学生も、唯、自分の地位や飯喰い種に、学問を売り買いしているとしか見えないのである。
重ねて云う。
東京は日本のすべての文化の中心機関の在る処と認められている。
東京というボイラーに投げ込まれて初めて、石炭は火となり、水は水蒸気となるが如くに考えられているが、これは大変な感違いである。
東京は、地方に芽ざした聖い仕事の種子を積上げて、腐らして、あらゆる不良政治家、不良事業家、不良学者、不良老年、不良少年少女の根を肥やすための大堆肥場である。そのためにあれだけ大きな家が並び、あれだけの砂ほこりが立ち、あれだけの電燈が輝いているのである。その中に身も心も投げ込んで、腐れ爛れて行く自己を楽しむべく、人々は東京へゆくのである。
そのほかに東京に何の用があるであろうか。
静かに胸へ手を置いて考えて頂きたい。
東京は旧時代の産物たる科学文明に依て築かれた都である。
科学文明の都市――折角《せっかく》向上しかけた人類の精神文化の象徴たる宗教――道徳を数字攻めにして責め殺し、芸術をお金攻め、実用攻めにして堕落させて、精神美を無価値なものにして、物質美を万能にして、遂に文化的に禽獣の真似をするよりほかに楽しみを持たぬ程度にまで落ちぶれ果てた人類――その真似をするのは無上の光栄と心得る、日本人の中での罰当りが寄り集《たか》る処――それが東京である。
数字とお金とで動かせる死んだ魂の市場――それが東京である。
智識と才能と人格の切り売りどころ――それが東京である。
たとえば……。
東京に欺かるるな、何物をも与えるな
大きな立派な人間が仕立卸しのハイカラな服を着て、表情沢山の誇張だらけで地方の人々を手招きしている。彼もしくは彼女の機智頓才、魅力弁力、その衒学的の博引広証、いずれも一時的に人を煙に捲くに足る。
しかもその腹を割れば、何等の理想も主義もない。只、金と獣欲ばかりである。一朝事があれば、彼もしくは彼女は畜生のように、又は餓鬼のように昏迷して地面《じ
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