の項に記載した通りである。
 最近では、こうして交際をして関係をつけると、あとはあんまり深入りしない。只、相手の少女から来た手紙や貰ったハンケチなどを飽く迄も大切にして、脅迫の役に立てる。その少女が夢中にでもなって来れば、いよいよ証拠物件がふえるだけで、「不良」の方でも、そうした目的以外に深入りを望まぬ傾向が出来たという。
 こうして不良少年少女のやり口は、だんだん凄くなる一方である。

     緑色の平面に静止する象牙の玉

 不良上りの或る会社員は云う。
 ――彼等善良なる少女が堕落しない第一の原因は、不良少年に対する恐怖心で、第二は羞恥心である。これは最初の取かかりに気をつけて、その少女の気位にふさわしい気位を以てあしらえば、信用を得るのはあまり困難でない。あとには羞恥心が残るが、これはジリジリと挑発すれば消え失せてしまう――。
 ――恐怖心と羞恥心を除いた少女の心は、玉突台の羅紗の上に静止している象牙の玉のようなものである。表面は品よく静かにしていながら、内心はどちらかへ転がりたさに悩んでいる。何物かを崇拝したい。たよりすがりたい。迷い込んで夢中になりたいという気持ちでいたみ疼《うず》いている――。
 ――宗教でもいい――小説でもいい――音楽でもいい――空想の人格――実在の人――何でもいい――。
 ――何でも自分を突いてくれるものを待っている――。
 ――その証拠には、彼女たちに与える手紙や言葉に「神様」という文句を使うと素敵に利くという……。
 可愛相なのは迷い悩める現代の少女である。
 彼女たちは解放を望む羊の群である。柵外がことごとく狼の世界である事を知らない、憐なる羊の群である。

     刹那刹那の気分

 解放を望む少女は、特に刹那刹那の気分に動かされ易い。
「試験中ですけど構いませぬ。学校の一年よりも、あなたと話す一分間の方がどれ位貴いか」
 なぞいう言葉が、どれ位そんな少女を動かすか。
「今夜、活動を見ているうちに、何だか急につまらなくなって、下宿へ帰ってこの手紙を書きます。何故という事はありません。この手紙を書いている間だけは、自分が生きているような気持ちがするからです」
 といったような書き方が、素敵に相手を動かすという。
 そんな風に感じ易い気持ち――刹那的の軽い、しかし鋭い情感、感興、主観等の変化のつながりに生きて行きたい気持ち――それを軽々と撰り好みして、その上に踊り、歌い、遊戯し、口笛を吹き、笑い、泣き、怒りして行くのが新しい少女である。自分の心にかかるすべての重み――物質の威力、道徳の権威、良心の束縛を下界はるかにふり棄てて、空中に吹き散る紙のように、気楽に、面白くひるがえって行きたいのがモダンガールである。
 そんなところまで飛び上って彼女を捕え得るもの、又は相手になって導き得るものは、唯不良少年ばかりである。地上の「面目」や「生活」に釘付けにされている親達や教育家は、只アレヨアレヨと騒ぐばかりである。

     巡査の少女誘惑

 不良少年といっても、皆が皆、懐手でブラブラしているわけではない。事実何もしないのでも、学生風か何かで真面目腐っている。殊にこの頃は堂々たる官立の学生に不良が殖えたという。
 不良少年の職業は、警視庁や、その他市内の各署で昨年の冬まで捕まったのが統計に出来ているとかきいたが、その方は調べ得なかった。その代り、質屋さんが商売柄よく知っていることがわかった。
 尤も質屋さんは、「不良」ばかりでない、泥棒、スリ、そのほか何でも見わけなければならぬ商売であるが、不良も同様で、どちらかと云えば見分けにくい方だそうな。
 不良少年で一番多いのは矢張り学生で、その次が会社員、ボーイ、活弁、俳優、苦学生の順らしい。巡査も居ると云った番頭さんがあったのには驚いた。
 ――持って来た少女の着物の襟に、その巡査の手紙が縫い込んであったのでわかったんです。尤も初手からあの巡査は不良だという評判がありましたが、相手の少女がそこまでレターを秘密にしていようとは、流石《さすが》商売柄のお巡りさんも気が付かなかったんでしょう――。
 記者はそれ以来、この頃の東京の巡査に若いのが無暗に殖えて来るのが気になり出した。交番の前に立っている、色の白い若いのを見ると、ちょっと顔を見て行く癖が付いた。
 いずれにしても、真面目に働きながら不良性を発揮するのが殖えて来た事は事実であるという。
 近代文化の裡面に於ける一つの重大な特徴である。

     不良少女団の草分時代

 次は不良少女の番である。
 不良少女に就ては誠に貧弱な材料しか得られなかった。何しろ震災後急速の発達を遂げて、やっと三百人の名をブラックリストに並べただけで、その団体も鞏固《きょうこ》なのはすくなく、仕事ぶりも不良少年のそれ
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