しい令嬢があるかも知れぬが、そんなお方は前に掲げた「少女のラブレター」を今一ペン読み直して頂きたい。そうして、そのレターが全部、不良少年の懐中から出たものである事を考えて頂きたい。
 青山や下谷のも略《ほぼ》似たようなものらしいが、青山のは赤十字社があるだけに博愛式の汚行専門らしく、下谷のは又誘拐が多い。それも小学生程度の少年をモノすることがチョイチョイあるという。

     令嬢を狙う団体の攻撃準備いろいろ

 不良少年団体は、皆結束を作って神出鬼没する。合言葉や暗号なぞを作って用心をするのは事実で、なかなか捕まりにくいという。
 彼等の団体は団員を方々にブラ付かせて、眼ぼしい少女を物色させる。物になりそうなのを見つけると、あとを跟《つ》けて家を突止める。それから手をわけて調査を始める。
 ちょっと嫁探しに似ているが、条件は大分違う。別嬪に限らぬ事、色気のある事――新しい風《ふう》付きであればなお結構――イヤラシイ位であればなおなお結構である。家庭が裕福でなければならぬ事は云う迄もない。
 調査をする事も嫁探しと趣が違う。その家の構造、その令嬢の部屋の位置、財産預金先、家族の状態、起床時と就寝時、一般の家風、令嬢の生活状態、お小遣いの多寡、趣味嗜好、朋友関係、月経の来潮期、手紙を遣る人と来る人の名前、殊にその内容は必要で、ドンなタチの女か、物になるかならないかを判断する。その他まだいろいろあるが略する。
 こんな調査事項の中には、関係をつけたあとから聴き出す方が容易なのが多いが、成るべく前に調べておいた方が安全な事は云う迄もない。第一、余り早く関係をつけると、見損いをして、飛んでもない失敗をする事があるという。
 こうして、愈《いよいよ》見込が付くと、一人の選手が出て誘惑に取りかかる。
 学生風でも、サラリーマン風でも、成るべくその家の人々が案内を知らぬ方面で、その令嬢が好きそうな風采《なり》をして接近する。

     手紙で誘惑する方法

 少女を誘惑する方法に二つある、なぞと云うと八釜《やかま》しくなるが、実は何でもない。一つは手紙を出して見るので、普通の少年でもよくやる。只、不良少年少女のは、大抵慣れた奴が文案したのを本人が書き直して出すので、芸妓や女郎のと同じねうちしかない。又、その令嬢の素質、頭、顔付きなぞに依ってコタえるように書くところも違う。
 見本を出そうかと思ったが、前の少女のラブレターと違ってなかなか手に入り悪《にく》かったのと、判で押したように空《から》お世辞の千篇一律だったから止した。
 要するに普通の色文《いろぶみ》だと、こちらがのぼせ[#「のぼせ」に傍点]ているから、初めから無暗《むやみ》にセンチメンタルな事ばかり書く。一方に相手の方は惚れても何もいないのだから、あまり感服しない。
 これに反して、不良少年の文《ふみ》の上乗《じょうじょう》なのになると極めて冷静である。相手に依って美文的に、又は哲学的に辻褄を合わせて書いてある。相手の得意なもの、又は姿の特徴なぞは、抜け目なく巧みに賞めてある。万事が向う本意で、こちらを出来るだけ謙遜して、お上品ずくめである。尤も新しがりの色気たっぷりな相手らしいのは、初めから思い切り甘ったるく持ちかけてある。
 不良が最も困るのは手紙に書く所番地である。無暗《むやみ》に改めると相手が信用しなくなるし、改めなければ危険が伴う。そのほか色んな面倒がある上に、能率も上らない。だから腕に覚えのある奴は直接法で行くか、又は両方を用いて行く。

     直接の誘惑法

 直接の方法というのは、ザッとこんなやり方である。
 眼星をつけた少女の学校の往復、外出の道筋なぞを狙って一緒の電車に乗り込む。少女《スター》に近付いて前に立つ。
 それから機会を作って話しかけ、足を踏んであやまる式もあれば、吊り皮を譲る式もある。狎《な》れた奴になると、初めからピッタリと寄り添って、肘で乳を押し上げ押し上げしながら相手の反応を見る。これは近頃のダンス流行から出たヤリ口だそうな。しかも、ダンスの奥許しの秘伝を電車の中で応用するのだから適わない。
 相手が腰をかけていれば、こっちの膝で向うの膝を小突く。程よいところでニッコリして見せる。これに相手が応ずればもう成功だそうな。
 そんな安っぽい女の子があるものかと云う人があったらば、前の「若い女性の享楽気分」の章を今一度読み直して頂きたい。
 勿論、不良の方も第一回で成功しようとは思わぬ。根強くこれを繰返して、いよいよ言葉を交わす段取りになると、又の逢う瀬を約束する。あとは大抵きまり切っている。仲間同志で散々オモチャにしたあとを、ユスリの種に使うのである。以上はほんの一例で、まだこのほかにどれ位交際の機会があるかわからぬ事は、既に東京の年中行事
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