可笑しくなった。彼等の話を書き止めていたと思っているらしかったから……。
しかし記者は素直にノートを渡した。
青年は、「籠の鳥」の歌や看板の珍文句なぞを、たった二三枚だけ書いた本社用の新しいノートを見ていた。最後に表紙に付いた本社のマークをジッと見詰めて、当惑した表情をした。そうしてしきりに襟元を繕《つくろ》った。
記者はもう大丈夫だろうと思った。思い切って微笑しながら云った。
「失敬ですが、君は不良青年でしょう」
青年はハッとした。記者の顔をギラギラ睨みながら真青になった。
記者の胸の動悸が急に高くなって、又次第に静まって来た。同時に自分でも気障《きざ》に思われる微笑が腹の底からコミ上げて来た。
「僕はソノ……地方新聞の記者なんですがネ。不意にこんな事を云い出して失敬ですが……浅草の話を探りに来たんですが……生憎《あいにく》知り合いが無いんで……誰かこの辺の裡面を御存知の方に……と思いましてね……実はソノ……丁度いい都合だったんです……」
と不思議に言い淀んだ。
彼はスッカリうなだれて考え込んだ。
記者はベルを鳴らして女給を呼んだ。
「失敬ですが、お近付きに一杯差し上げましょう。丁度いい時分ですから。僕はいただけませんがね」
彼は静かに頭を上げた。決心したらしく、顔をツルリと撫でて淋しい苦笑いをした。
「どうも済みません……実はあなたを新米の刑事か何かだと思ったもんですから……ついカラカッて見る気になって……」
「アハハハハハハ、似たようなものです」
「フフフ……しかし浅草の話だけは勘弁して下さい。ほかの処なら構いませんが……仲間が居るんですから……」
「ええ、結構ですとも。何でも記事になれば……君のお名前もきかなくていいんです。僕も云いませんから……」
「痛快だな……しかし弱ったな……」
「アハハハハ。まあ、一杯干し給え……この女給さんは君の?」
「弱ったな、どうも……」
彼は紅くなって頭を掻いた。
記者は、この恐ろしく単純な、且つ正直な不良美青年との約束を固く守ってやろうと決心した――神田の駿河台下で本紙を売っている、いないに拘らず……。
因に彼はその後、芝の或る製菓会社に這入ったと聞く。
◇おことわり
途中ではあるが、ここでちょっとお断りしておきたいことがある。ほかでもないが、この稿を書き始めて間もなくから今日まで、各方面からいろいろの言葉や手紙を記者は受けた。
その中には記者に対する激励の言葉……たとえば、
「この際東京に対する日本人一般の迷信を徹底的に打破せよ」
なぞいうのがあった。又は、わざわざ面白い且つ信ずべき材料を賜わった向きもある。
それ等の方々の厚意に対して、記者は先ず以て深甚の感謝の意を表する。
同時に批難の言葉も沢山あった。その一二例を挙げると、
「このような記事を生徒に読ませるわけに行かぬ」
というのや、
「あの記事があるために、毎日、非常な不愉快を感ずる。早くこの不良記事を紙面から葬れ」
というなぞが最も多かった。無論、こうした批難の方は大抵は匿名の手紙が多かったが、それでも相当の教育や責任を持った人々の言葉と受け取れるのが多かった。
記者はこれ等の批難を賜わった方々に対しても亦深くお礼を申し述べる。
それ等の方々は、云う迄もなく、非常な同情ある本紙の愛読者であると共に、特に深甚の注意を以て本紙の記事を読んで下さる人々でなければならぬからである。
同時に記者は、それ等の批難に対しても、衷心から同感の意を表明するに躊躇しないものである。
この記事中に出て来る事実は、今迄のは無論の事、これからの記事の中で最も甚だしい一つでも、平生の新聞の社会面に現われる記事のヒドサよりもヒドクないつもりである。
しかし、それでも実を云うと、記者はこの記事の材料を集めつつある際に、これはとても書けないと思った事が屡々《しばしば》であった。到底、紳士淑女の前で公表出来ない事ばかりと云ってもよかった。そうして、それをこの程度にまで手加減して公表する迄には、幾度か考え直して後決心した事であった。
この記事を忌み嫌われる方々は、今一度考え直して頂きたい。
たとえば――。
紳士淑女として口にすべからざる事も、口にする事を憚《はばか》るために、一般の人々が如何に堕落という事に対して無智識になっているか。如何に見当違いの警戒、筋違いの注意が施されているか。そうして、そのために如何に多数の不良少年少女が善良な家庭から出ているか。
そうして、その原因を調べて見ると、その両親や監督の責任者が、堕落という事に対して無智識なためというのが大部分を占めている。
如何なる理由で、如何なる順序で子女は堕落するか。又は、これから述べようとする事例、即ち不良少年少女の魔の爪は、如何
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