等教育を受けた人間である。高等教育を受ければ受ける程、良心が鈍くなるとも云える。これが近代文明の特徴である事を、私は経験上明言し得る。そうして今の東京の文化の裡面には、この傾向が日一日と濃厚になって行く。誠に遺憾である。たとえばこの書物『最新式避姙法』の文中にある、文化程度という言葉の意義なぞは頗《すこぶ》る可笑《おか》しいではないか。文化程度が高くなればなる程産児制限が公行するものとすれば、最高の文化は民族の自滅を意味する事になる。その事実は決して些《すくな》くない。元来、日光と土とは最大の享楽である。生命は最高の富源である。その民族の文化の第一義は、この富源を尊重するところにある。同時にその民族の教育の第一義は、その民族の生活を出来るだけ土と日光とに親しませる事にある。軍隊、船舶、刑務所、礦山、工場等の生活に対しては、今少しこのような注意が払ってもらいたい。現代の文化は人間に土と日光を軽蔑させるようにばかり仕向けている。そのために変態性欲なぞが流行するようになる。又、近代の文明は高価な生活を要求するようにばかり人間を教育している。そのために産児制限なぞがはやるのだ。文化が自滅を意味する事になるのだ。日光と土に親しい文化、農民やプロの文化、都会以外の地方的文化、これ等が発達しなければ、日本の文化は日本の自滅を意味する事になる。東京の裡面にこのような出版物が横行するのは、日本の前途のためにどうあろうか」云々。
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上流社会
秘密フイルムの流行
震災後の東京の荒れ野原に、真っ先に興行物の色旗を翻えしたのは、浅草の活動写真十三館である。市内外各所の活動写真館は続いてイルミネーションを付けた。
この勢《いきおい》につれて東京市内外の到る処に小さな撮影所が出来た。
どんな仕事をするかというと、たとえば多摩川で情死があったと新聞に出る。直ぐに俳優を連れて現場に出張し、その新聞記事を脚本としてそのような場面を撮影し、活動小屋に売りつける。又は広告や宣伝用のフイルムの請負い、家庭の子供向き短尺物なぞを作る。その他いろんな事をしている。
彼等の中には或る種のフイルムを作って大金儲けをしているのがある。否、このような小撮影所ばかりでない。現在日本で片手の指で数えられている大会社の重役で、これをやっているのがある。
東京郊外にある自宅の
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